ゴリラの祖先種化石、エチオピアで発見、ネーチャーに発表

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諏訪元(すわ げん)東京大総合研究博物館教授(古人類学)ら日本とエチオピア研究チームが、約1000万年前の地層から、ゴリラの先祖とされる化石を発見したとのこと。
昨日(8/23)付け、新聞朝刊などメディアで一斉に報道されました。

これが本当なら、単に、古代類人猿の新種が一つ発見されたに留まらない、ヒトの誕生シナリオにも関わる、大きな意義を持つ発見となるだろうと私は思っています。
中で、最もよくまとめてあると思われる、中日新聞の報道を転載しておきます。
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2007082302043070.html

 

 

(以下その内容の転載)
1000万年前にゴリラの祖先 人間誕生の時期さかのぼる?

ゴリラの祖先とみられる新種の類人猿の化石を、エチオピアにある約1000万年前の地層から発見したと、諏訪元・東京大教授を中心とする日本とエチオピアの国際チームが23日付の英科学誌ネイチャーに発表した。

ゴリラの仲間と人類との分岐は従来、DNA分析などに基づき古くとも800万年前と推定されていた。それより古いゴリラ類の化石が出土したことで、チンパンジーなど類人猿と人類が最終的に枝分かれした時期も、従来推定より昔にさかのぼる可能性が出てきた。

チームは昨年、首都アディスアベバの東にあり、人類化石が多数出土しているアファール渓谷の斜面で、地表に露出した類人猿の犬歯一本を発見。今年、数十メートル離れた地点で8本の臼歯を相次いで発見した。

コンピューター断層撮影などで、歯の象牙質の形状やエナメル質の厚さを分析。植物の茎のような繊維質を食べるのに適した特徴などがゴリラと共通だったことからゴリラの祖先と結論付け、地層名などから「チョローラピテクス・アビシニクス」と名付けた。

◆空白を埋める発見

アフリカでラミダス猿人など多数の人類化石を発見したティム・ホワイト米カリフォルニア大教授の話
 「非常に重要な発見だ。ゴリラの系統が1000万年前に既に始まっていたことを示し、類人猿が分岐を始めた時期にアフリカで何が起きていたかを明らかに する初の化石で、アフリカの類人猿化石の空白を埋めたと言える。DNAの研究で推定された分岐の年代を、正しく補正するのに役立つだろう。」
(転載、ここまで)

 

発見された場所はアフリカ、アファール渓谷の斜面。今までにも多くの人骨化石が出土した地点で、いわば人類のゆりかごとも言われてきた場所です。
諏訪元教授は、大学院生時代から、ティム・ホワイト博士率いる研究チームでアフリカでの化石調査に参加。日本における進化人類学、人類化石ハンターの第一人者と言えるでしょう。ラミダス化石を発見したことでも知られています。

 

【分岐年代の遡りと人類発祥のメカニズムの見直し】

今回発見されたのは犬歯、臼歯など、幾本かの歯とのことですが、若しこれが本当にゴリラの祖先種に当たるものだとすれば、先ずその一番大きな意義は、従来 主に分子進化学の知見によって、約800万年前とされてきた、ゴリラとヒト・チンプなどとの分岐年代が、およそ200万年も遡ることです。
つまり分子時計の針を大幅に巻き戻すことになる訳です。

上記ホワイト博士のコメント通り、分子時計の補正にも関わることで、結果的にヒトとチンプとの分岐年代の見直しにもつながってくることになるでしょう。
更には、ヒトが直立二足歩行を獲得した契機として、伝統的に説明され、そして殆どの人に疑問なく受け入れられてきた従来の「サバンナ説」の真偽にも、直接影響を与える問題にもなってくるでしょう。

「省エネ説」は論外としても、「遠くを見渡す為説」「真昼の直射日光を、幾らかでも避ける為説」「地面からの照り返しから逃れる為説」等は全てサバンナ説を前提としたものです。

しかしそのサバンナ説は、ルーシーなどアウストラロピテクス・アファレンシス(約350-400万年前)の発見辺りから怪しくなり、アルディピテク ス・ラミダス(440-580万年前)化石の発見の頃から辻褄が合わなくなります。つまり地質学的にその頃は、そこまでの淘汰圧を及ぼすほどには、未だサバンナが発達していなかったのではないか、と言う訳です。
その為、最近では「サバンナ、森林モザイク説」(総じてイーストサイドストーリー)として、お色直しで説明されることが多いようです。
もっともそうなってくると今度は「地理的隔離」の問題が浮上するのですが.........。

その後も、オロリン・トゥゲネンシス(600万年前)、サヘラントロプス・チャデンシス(600-700万年前)と、古い人骨化石の発掘が相次ぎます。
特にサヘラントロプス・チャデンシス(トゥーマイ)の発見は決定的でしたね。何しろ発見場所が「サバンナ説」の舞台としてのイーストサイドから2500キロも離れたアフリカ内陸のチャドだった訳ですから。

ドーキンスも「祖先の物語 上」152ページで次のように述べています。
「オロリンとトゥマイが二足歩行だったと言う彼らの発見が若し正しければ、人類の起源に関する筋の通ったどんな見方も難題を突きつけられることになる」.........と。
(アクア説については、特に「難題」があるとは、私には思えませんが)

まあ、そう言うことも有ってのことでしょう、オロリンにしてもトゥマイにしても、それをヒトの祖先として認めないと言う見解が一部に有るようです。その理由は他でもない、その生息年代が古すぎると言うことからでしょう。
そしてその一番の論拠として挙げられるのが、分子時計が示す分岐年代との乖離、と言うことなのでしょう。

アラン・ウィルソンとヴィンセント・サリッチが、最初に分子をヒトの分岐に持ち込んだとき、その分岐年代は、480-500万年前と言う結果でした。
その後DNA交雑法など、手法も洗練されて今では600万年前位に遡った分岐年代が定着していたようです。
しかしそれでも、最近相次いで発見された化石の年代との間に乖離が見られていた訳です。

今回の諏訪元博士らの発見は、その辺の補正を迫るものになりそうです。
分子時計の針が全体として200万年も巻き戻されることになれば、オロリンやトゥマイの生息年代と、分子が示す年代とに矛盾はなくなります。
つまり700万年前には、そしてイーストサイドに関係なく、最初のヒトが出現していたことが、無理なく受け入れられることになります。

結果的に「イーストサイドストーリー」と、それを前提にした人類起源のメカニズムの破綻は、ほぼ確定すると、私は思っています。

勿論、諏訪元博士自身、「現代の人類の初期進化の舞台とされるアフリカだが、この時代の類人猿の化石が見つかることは非常に少ない。今後、更に化 石が見つかれば、進化の過程がよりハッキリするだろう(朝日新聞)」と話しているように、未だまだ「確定」とまでは行かないのかも知れませんが。

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このページは、雄が2007年8月23日 22:15に書いたブログ記事です。

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