ヒトと直立二足歩行-1

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次にdmさんから批判、反論を頂いていますので、主な点についてコメントしておきます。

【ヒトと動物の比較 投稿者:dm】

>まずヒトと動物を比較するとします。もっと詳しくは、ヒトとチンパンジーとその他の何種類かの動物を比較して、ヒトと他の多数の動物とを明確にグ ループ分けできるかどうかを考えたい、とします。まず何を比較するかを決めなくてはいけません。形態か、行動か、生理か。ここではヒトの特殊性は社会行動 に最もよく現れると考えて、行動ないしは社会を比較することにします(*1)。形態比較となると、いわゆる類人猿は明らかにひとつのグループとして他の動 物とは分けられます。ヒトだけが一グループにはなりません。言い換えるとヒトだけが特殊にはなりません。

 

私も形態は類人猿とそれ程変わらないと思っています。と言うより、最初から生物学的な連続を主張している訳ですから当然と言えます。
塩基配列、1.6%であれ(2012現在、1.23%が最新データ)、最近関与が注目されているイントロン領域を含め、その数倍であれ、そう言う生物学的基準が概ね反映されていると思います(「概ね」と書いたのは、遺伝子変異が機械的に形質に反映しているかのごとく、私の主張が曲解されて各位から批判を浴びていることに対する、予防線です)。

生物学的基準・標識の違い以上に、見た目で大きく隔たった印象を受けるのは「体毛」のせいでしょう。若し人間も他の類人猿仲間と同じくふさふさした体毛に覆われていたら、人間だけを特別扱いにした旧約聖書の創世記は、若しかしたら成り立たなかったかも知れない、とさえ思っている位です。

生理的には、例えば10ヶ月の生理的早産や難産、メスの排卵が隠されている、閉経後の長寿、或いは直立二足歩行に伴う様々な弊害など、ヒト独自の事情も数多く有るのですが、まあそれでもやはり生物学的な連続の範囲と言って良いかも知れません。

そう言う形態や生理的な、つまりは個体レベルの生物学的な連続を認めて土台としつつ、私が問題にしているのは、その個体の集合としての「動物の群れ」と「人間の社会」、その中に於ける「行動」上の質的な違い・飛躍です。 これが最初からの、私の主張だった訳です。
この件については既に【個体と群れ、社会】の中で述べていますので、繰り返しません。

次にdmさんの主張に沿った、私の見解を述べてみます。

> ヒトの行動や社会構造で他の動物とは大きく異なるように見える特性を挙げて見ます。

  1. 際だって多くの種類の道具を使いこなす
  2. 際だって複雑な言葉やシンボルを使いこなす
  3. 抽象的な概念を使いこなす
  4. 環境に際だって大きな影響を与える
  5. 他の生物を飼育する(*2)
  6. 肉体的には変化せずに多様な形態の社会を作る 

最後の6.は、「生物学的な連続を土台としての、社会的な飛躍」と言う、上記私の主張と重なるものと受け止めました。
1.から5.迄も、特に間違いだとか、反論が必要だと言う積りは有りません。 しかしこれは以前述べたことのある、アドルフ・ポルトマンの「洞察力、つまり未来予測性が有るかどうか」と同じく、全て人間化の結果です。

私も「社会的な飛躍」を根拠づける為、例えば滑車、核、宇宙への進出、ボスの選出方法、38度線と言う恣意的な境界を挟んでの行動様式の違い、等など、生物学的な多様性だけでは説明のつかない色々な事例を提示してきました。

そう言う意味でdmさんが挙げられた特性は、それはそれとして、私も意味が有ると思っています。特に「道具」「言葉」「概念」「環境への影響」など、私が「動物の群れと人間社会の質的な違い」の根拠に挙げて来た要因に言及して貰ってもいますし。 しかしやはりそれは「人間化の結果」です。

 

元々ヒトとチンプやボノボとは同じ動物だった訳で、そこにdmさんご指摘の特性を含め、違いなど何も無かったのです。 dmさんは御自身指摘された特性上の違いは、そもそも何に由来しているのだと主張されますか?

共通祖先から分岐して700万年、違う道を歩いて来た今の高見に立って、かっての仲間たちとの比較をしたら、着目するすべてに渡ってその違いを言い立てることが出来ます。私が挙げた上記事例も含めて。

例えばここに何故宗教を入れないんだ、と言う人も出てくるだろうし、インターネットや携帯に着目して、瞬時の情報交換を挙げる人もいるかも知れない。
更には「際立って...」で言えば、「音楽」「絵画」「スポーツ」「生存範囲」等など、その人の興味と着眼点によって幾らでもその違いを挙げることが出来るでしょう。
或いは社会に複合的な階層が有る、と言う点も挙げられます。「家族→市町村→県→国」「社員→役員→社長」「兵隊→下士官→尉官→佐官→将軍」「信者→教祖」等など。
横への広がりとしてはサークルや同好会など。

これらの違いは、動物の群れから人間社会を特徴付ける為に、私にとっても重要な特性では有ります。
同時に私の一番の問題意識は、「この違いはそもそも何に由来するのか」と言うことです。 そう言う意味で「道具」「言葉」及びそれによって獲得された「思考」を挙げ、動物のそれとの違いを述べてきた訳です。「直立二足歩行」はその基礎になるものです。

 

その意味で私は現生人類だけでなく、ヒト全体、人類全体を一まとまりのものとして考えています。分類で言えば、[ヒト科の中の、ヒト亜科]全体を視野に入れています。 dmさんはその内の[ヒト属]、つまりホモ属、それもホモ・サピエンスに限定した枠組みで考えておられるようです。その点では視点の違いを感じます。 枠組みの違い、視点の違いはそれでいいとして、主に「直立二足歩行」に間してdmさんに同意できない点を、次に述べて見ます。

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このページは、雄が2009年3月21日 14:38に書いたブログ記事です。

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