>dmさん
>旧石器時代は長いですからねえ。おまけに別種のホモ属の文化を含めていますし、わかりにくかったとは思います。私が想定していたのは初期旧石器文化、アウストラロピテクス達の旧石器文化でした。
>飛躍が現代人類誕生以降との考えでしたら、チンパンジー等が(初期)旧石器文化くらいまで進化する(進歩する?)可能性の否定にはつながりませんよね。
確かに可能性を完全には否定出来ませんね。
人類最初の石器文化オルドワンの、最初の担い手がホモ族(ハビリス)からでなく、アウストラロ・ピテクス族(ガルヒ)迄遡れるか、と言う点で実は異論も有るのですが、私もガルヒからに1票派ではあります。
確かに「チンパンジー等が(初期)旧石器文化くらいまで進化する(進歩する?)可能性」を完全には否定できませんが、やはり私は現実にはそれは無いだろう、と思います。
アフリカの森の中に残ってそこを生息域とする彼らが、硬い木の実を割る以上の必要に迫られて、石器を進化させるとは思えないのです。実際それ以外の使用パターンは多分観察されていないと思います。
ああ、一つ有りましたね、フサオマキザルが威嚇の為に石を投げているようです。
コトバもそうなのですが、仮に可能性が有ったとしてもそこに必要性が無いとき、それは発達しません。直立二足歩行でも同じことが言えますけど。
フサオマキザルを含め、現在彼らの到達点は、木の実を割る為の「台石」、「打ち下ろす石」及び時には「安定の為の補助石」迄で、これだけでも大したものですが、石の加工まではやっていないようです。と言うより必要ないのでしょう。
石を打ち下ろしたとき、それが割れて鋭利な「石器」が偶発的に出来る場合が有ったとして、森の中でそれを「道具」と意識することは、多分今後も無いものと思います。
おそらくヒトも最初はそう言う偶発的なことだったと思います。ただヒトの場合そこに必要性が有った為に、その偶発性をヒントに意識的な石器製作の道に踏み出せたのでしょう。
これはこれで一つの「飛躍」です。
ヒトが木の実を割る以上の必要に迫られて石器を使い始めたのは、森を出てサバンナなどでのスカベンジャーとして、骨髄や脳みそなど、肉食獣が残した部分を食う為だったようです。或いは骨にわずかに残っていた肉を削ぎ取る為に。
森に留まっていたら多分我々の祖先も、石器製作の必要には迫られなかったでしょう。
>ところで今回の雄さんの投稿では連続ばかりで飛躍がいつ起きたのかがよくみえないのですが、具体的にはどの時代で飛躍したのだとお考えなのですか?
前にも書いたのですが、本格的な「人間化」はホモ・サピエンスから、それも「行動の現代性」を備えてからでしょう。
本格的な階層性社会は、農耕と牧畜により、生産力の安定的向上と定住、穀物、家畜と言う形での生産物の貯蔵が可能になったことによるのでしょう。
つまりその、貯蔵可能な剰余生産物を特定の人間が独り占めすることが可能になってからのこと、階級の成立からだと思います。
しかしそれ以前が全て「連続」だった訳ではなく、それぞれの段階でそれぞれの「飛躍」は当然有った訳です。
例えば性的二形から判断するに、オスが子育てに関与するようになり基本的に一夫一妻になったのは、ホモ・エレクトスからだったようで、それが無かったらメスをめぐるオス同士の争いで今のような社会は出来なかったでしょうし。
ネアンデルタールのムスティエ石器も、オルドワンやアシュール文化と比べれば格段の「飛躍」だと言えます。
私の主張としてハッキリ言えることは......、
- 今の人間の「言葉」「思考内容」「道具」「社会」、どれ一つとっても他の動物のそれとは、単なる「程度問題」ではなく質的な隔絶が有ること。
- その出発点は、700万年前と推測されている「直立二足歩行」で歩き出したこと。
...ここに尽きるかな、と。
コメントする