男の「スケベ心」、その功罪

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私は、故桂枝雀の落語が好きで(折しも今年は枝雀、没後10年に当たる)、噺を70余りiPhonに入れ、通勤電車の中で聴きながら、一人ニタニタ、時に吹き出すと言う、周りから見たらまことにうす気味の悪い男なのだが、この枝雀が落語の枕でこんなことを言っていた。
...と言って、枝雀が直接言った、と言うことでなく或る人の言ったことを紹介していたのだが、この人(枝雀が高座で紹介している位だから、その道でひとかどの人だと思うのだが)が言うには.........、

「私がこれをやっているのは、このこと自体好きで面白いと言うことも有るが、どうもそれだけではない。これをやって上手くなることで、女の子にもてたい、関心を惹きたい、そういう気持ちが心のどこかに必ずある」

...で、これを紹介しながら枝雀も、「私もそう思いますね」と言っていた。
...で、それを聞きながら私も「全くその通りだ」と、痛く同意した次第。

 

 

男の子は女性の関心を惹く為なら、およそなんでもする。男の子が何か一生懸命になる時、どこかに必ずそう言う動機が隠れ潜む。そして好きな女性の為なら、その努力は殆ど苦にならない。
つまりスケベ心が成長や成功の(一つだが重要な)モチベーションになっている訳で、枝雀のあの天才を作ったのが彼のスケベ心だとすれば、スケベ心は多いに評価されて良い(そう言えば死んだ森繁もずいぶんなスケベ親爺だったらしい)。

私もスケベ度に於いて人後に落ちない自信が有るのだが、何ごとも中途半端に終わっているのはひとえに才能が無い為で、単にスケベだと言うだけではどうも、成功に結び付かないものらしい。
しかしそれでも若い時には色々なことに熱中した。今その集中力が続かないのは、体力もさることながら、どうもこのスケベ度が低下していることに原因が有るようだ。若い時に10スケベ有ったとしたら、今は2.5スケベ程度に落ちている。これではイカン。

...で、このスケベ度が及ぼす影響に、男女差が有るのだろうか、と、ふと考えた。

落語や芸事だけでなく、調理や職人の世界、或いは経済界や政治の世界で、そのトップや周辺は圧倒的に男性が占めている。
私はここで、男女の才能の差を主張する積りは全く無いし、そんなことはサラサラ思っていない。男性優位のこの現実を正当化しようとも思っていない。
同じ才能が有った時、それが正当に評価され昇進や成功に反映される機会は、残念ながら今の社会で男女均等ではなく、男性側に勾配が急だ。出産や育児のハンディも女性には有る。

ただそれだけだろうか?、という疑問がここでよぎる。
原理的フェミニスト達の逆鱗に触れそうだが、社会的な機会不均等やハンディだけで、これだけの「男性社会」を説明できるだろうか?、と言う疑問だ。
そこに男女の「スケベ度」の違いが絡んでいるんじゃないか?と、そう思った訳だ。

俗に「オスの性はバラ播く性」、「メスの性は選択する性」と言われる。
このことは進化生物学でも(いいとか悪いとかは別問題として)認められていて、一部の種(例えばサンバガエル、ヒレアシシギなど)を除いて、幅広く見られる傾向だ。

オスが交尾で提供するのは、小さくてコストの掛からない精子だけであり、再生産が簡単で、直ぐ次の交尾に備えることが出来る。
それに対しメスの提供する卵子は、受精後の胚の成長を支える豊富な栄養を身にまとっている。要するにコストが掛かる。ヒトのメスで言えば次の繁殖機会まで約1ヶ月を要す。

このコストの違いと、例えば哺乳類では妊娠、授乳、その後の子育て期間等が相まって、オスとメスでは繁殖機会のアンバランスと、従って恒常的なメス不足が生じる。
そこでメスを巡って、オス同士の様々な形の闘争が見られる。

オスは、若し交尾の相手さえ確保できれば幾らでも繁殖の機会を増やせる理屈だが、メスは仮に交尾の相手をいくら増やしても、残せる子供は自分自身が生涯に産めるだけの数に限られる。
このことも又、オスとメスでの繁殖戦略の違い「バラ播く性」と「選択する性」に反映されるだろう。
(ギネスブックに拠る子供の数の記録では、人間のオスではモロッコの王様で888人、女性ではウクライナ人で69人とか)
メスは限られた繁殖機会の質を上げる為、優秀な資質(遺伝子とか経済力、子育てを手伝いそうな性格)を持つ相手を選択することになる。

冒頭述べた「何か一生懸命になる時、必ず.........」と言う意識は、人間の男が、オスとしての、メスに選択される為の戦略・衝動に、深いところで繋がっているのではないか。
或いはメスを囲い込むための権力確保の衝動に。

人間はその歴史の過程で社会を作り、様々な道徳的規範や法律を作って来た。普段はその規範の背景に隠れているオスの衝動が、その規範が崩れた時、情けないことに表面化してしまうことは、戦争や内戦の度に思い知らされる。このことだけでも戦争は絶対に起こしてはならない。

オスのスケベ度は、それ自体悪いことではない。要するにその使い方だ。
男の子にとってスケベ心は、使い方さえ間違わなければ自分を成長させる大きな道具になり得る。繰り返すが枝雀の天才を作った幾ばくかは、彼のスケベ心だろう。

 

最後に一言。
進化生物学で誤解されやすいのは、「事実」として指摘することと、それが「正しい」と主張することは違うと言うことだ。
男のスケベ心は、おそらく生物40億年の歴史を背負った「事実」だろう。それが無かったら生物、少なくとも有性生物は続かなかった。
だからと言って痴漢やレイプが正当化される訳では決してないし、そんな主張をする積りは全くない。そのことだけ、蛇足として。

進 化生物学?ライターとして、そこそこ人気のある、竹内某女の如きは、こう言う「事実」の片言隻句を故意に混同させ、例えばレイプ被害にあった女性がそれに よって排卵が促される等の例をもとに、あたかも女性の深層に、「繁殖行動に積極的な遺伝子」を求める心理が有るかの様に書く。本人が女性で有るがゆえによ り一層罪が深い。

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このページは、雄が2009年11月23日 09:09に書いたブログ記事です。

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