直立 二足歩行 直立二足歩行

| コメント(0) | トラックバック(0)

RE ahさん

>すなわち、分岐は可能である、と。
>少なくとも「森林における分岐は可能である」と仰っている点と.........、

書き方で誤読させてしまったか知れませんが、私は「森の中でのヒトの分岐は考えられない」と言う主張ですよ。それも一貫して。
「森林における分岐は可能である」と仰る方に、「ではそのメカニズムを説明して下さい」とお願いしている訳ですが、「そう言うものです」しか帰って来ない。それでは、私は納得できないと、何度も述べているところです。

今回のスレッドで、極端に言えばこれしか言っていません。読んで貰ってさえいれば当然理解しているものと思ってましたので。
ahさんの前回の質問も、それを理解して、前提としての質問じゃなかったんですか。
ですよね、ahさん。

 

ヒトの分岐そのものは現実に起きたことです。
私はそれは「水」が関与しているのだろうと、これも繰り返し述べている筈であって、森の中での分岐を肯定したことは一度も有りません。

私はこのトピで最初の意図に反し、又何人かの批判に対応せざるを得なくなっています。
批判する人も、少なくとも全ての書き込みを読んだ上で、重複するような質問は避けて欲しい。是非お願いします。

 

>決めないまま、というよりも、「人類」が生物学的には「類人猿の一種」であり、同時に「自分自身」であるがゆえに、線引きに苦慮しているように私には思えます。
>はっきり言えば、線引きなど無くても良いのです。あっても構いませんが。

それはもう、ahさんがどのようにお考えになろうが、「それはそれでいいんじゃないの」です。
私自身は、それを問題意識としない進化人類学は、およそ科学と言えない。そう言う見解ですので。

 

>二足歩行についてのみ「何か特殊な理由」を求めるのは、雄さんが前回と同様、二足歩行を「特別なもの」と御考えだからでしょう。

だから何回も言っているように「特殊」で無く普通の理由を説明して貰えればいいんですよ。それだけのことです。説明できないこと自体、私から見たら特殊です。
700万年前、分子が示す分岐年代と、殆ど間を置かず獲得したらしい直立二足歩行の、その理由を、ahさんが普通に、納得できる理由を出してくれれば、即座にah教に趣旨がえします。

直立二足歩行そのものについて、私は特殊だと思っています。多くの解剖学者もね。
何が無くても直立二足歩行の痕跡さえ有れば、その化石はヒトに分類される。こんな指標を「特別なもの」と思わず、それに対する説明が付かない程の理由を「何か特殊な理由」だと思わない方が、私には余程、特殊です。

 

少し進化人類学者の声を聞いてみます(但し引用はモーガンからです。信じるか信じないかはどうぞご勝手に。モーガンは全て出典明記済み)。

  • C・O・ラヴジョイ
    (四足動物が後ろ足で立ち上がるなどと言うのは)「およそ正気の沙汰ではない」。
  • スティーヴン・ジェイ・グールド
    (数ある人間の特徴の中で、一番説明しにくいと考え、こう述べる)「直立姿勢を取れるように進化するには、とても大変なことだ。体の造りを、素早くかつ根本的に変えなければならないのだから」
  • ジョン・ネイピア
    「人間が歩くと、一歩進むごとに、今にもバランスが崩れそうなほど体が揺らぐ。他の動物では、そのようなことは有り得ない」
  • F・ウッド・ジョーンズ
    「余程特別な環境に住んでいたのでない限り、.........このような姿勢の生き物が武器なしでどうやって生き延びられたのか、全く不思議だ」

>しかし、類人猿に関する研究は、彼等もまた二足歩行が「できる」ことを示しています。チンパンジーがヒトにもっとも近縁な種であるとすれば、最節約的に考えれば、チンパンジーとヒトの共通祖先は既に「ある程度は二本足で歩くことができた」はずでしょう。
何の理由もないのにチンパンジーは二足歩行したのですか?

理由は有りますよ。それを示す観察記録も有ります。
そしてそれが又、より一層ヒトの(ヒトだけの)直立二足歩行の特殊性を際立たせるものになっています。

K・D・ハント 1994年発表
野生のチンパンジー対象に、700時間以上の観察。

  • 遠くを見渡す為―2% 
  • 運搬行動(赤ん坊を抱いて運ぶなど)―1%
  • 優位性を示すディスプレー―1%
  • 採食行動―80%(採食と無関係な移動の際の、二足歩行は全く見られなかった)。

述べ1万4千700時間の観察の中で、二足歩行の頻度は97例のみ。
その中で「直立姿勢」を超えて、「歩行」が見られたのは4%のみ。その距離も僅か。

 

勿論観察はこれだけじゃないでしょう。日本の類人猿観察は先進的ですし、ボノボの観察記録も有りますしね。
しかし言えることは、類人猿の「直立二足歩行」はそれ程ポピュラーなものではないらしいし、全て必要な「理由」が有る時だけ、それも有る程度パターン化されていると言うことです。

この「理由」を超えて、椎間板に負担の掛かる「直立二足歩行」を、彼らは長くは続けません。
この「理由」を超えて、常時、移動方法そのものが直立二足歩行に特化した種は「ヒト」だけです。ヒトの場合この「理由」づけが重要なのですが、それがなされて来なかった、と言うことです。

繰り返し述べているように「直立二足歩行をヒトの最大の指標」とすることは、現代進化人類学の定説です。
それに異議を唱えるのはahさんの自由ですが、出来たら文句は進化人類学会に言って下さい。或いは説明責任を果たしてからここで述べて下さい。

 

最も近縁なゴリラ、チンパンジー・ボノボ、ヒトだけ見ても、繁殖戦略がまるで違います。と言うことは、当然分岐した後で発達した形質でしょうね。
ヒトの場合少し事情が違いますが、そこにはメスの棲息密度を規定する食糧事情、つまり環境の違いが有った筈です。
ボルネオ、スマトラ棲息のテナガザル、オランウータンとも、より顕著な違いが有ります。

繁殖(自己複製)戦略は、生物と言う視点から見れば、移動方法等より遥かに上位なコア概念です。全ての生物はその最適化の為に進化して来たと言っていいでしょう。

萌芽的な二足歩行が、共通祖先の段階で既に有ったのか、繁殖戦略のように分岐してから独自に発達したものか、その辺は私には分かりません。
印象としては、分岐後、それぞれが置かれた環境とその必要に応じて、独自に発達させた方に、私は確信を持って一票です。

ヒトはその進化の過程で、ナックル歩行を一度もしていないらしいとの研究成果が有ります。赤ん坊も手のひらをついてハイハイします。
つまり起源としてもチンパンジーやゴリラの二足歩行とは違うことが示唆されます。
「チンパンジーとヒトの共通祖先は既に『ある程度は二本足で歩くことができた』」との考えが、最節約的だとは、私は全然考えません。

仮にそうだったとしても、ヒトの直立二足歩行の特殊性が些かも薄まるものではないと考えます。

>例えば鳥類は(あるいはムササビやヒヨケザルは)なぜ「飛行」などという特殊な移動方法を獲得しなければならなかったのですか?その環境に進出した唯一の種でもなく、その環境における唯一許されるロコモーションでもない事は、考えるまでもないと思うのですが。

ahさんは本当に「飛行」が特殊だと思っているのですか(勿論、それぞれが特殊であることを否定しませんが、そう言う話で無く)。

これも既出ですが、飛行している動物など数え切れない程いますよ。種や属を超えてね。
多くの鳥類、多分種類を特定できない程の昆虫、コウモリ、(あるいはムササビやヒヨケザル)過去には翼竜等など。何万とか数百万種とかのオーダーでしょう、昆虫を入れて。魚まで飛ぶ種が有ります。
この何処が特殊ですか。「考えるまでもないと思うのですが」。

飛行であれ水中であれ、結果的に何らかの移動様式に帰着する訳で、要するに生物の多様性です。
それに対し、ヒトの直立二足歩行はヒト以外に有りません。
この「直立二足歩行」が特殊で無く、比較として「飛行」を特殊だとするなら、「特殊」そのものの解釈が「特殊」なんじゃないですか。
 

※ 後日(2011/1/3)記

飛行を特殊だと考え、立って歩くことを普通だと考える。本当に人間中心主義的な考え方しかできない。生殖(無性生殖等ざらにある)にしろ、繁殖様式(ハーレムや乱婚など多彩)にしろ、生物学一般、進化生物学で常に指摘されることだ。「自分を中心に考えてはいけない」と。
自分では度し難い「人間中心主義」に陥っているくせに、他人には「雄さんは人間を特殊に考えたがり過ぎる」などと言う。この救い難い二重基準。
この辺にもやはり弁証法の欠如が有るのだろう。

 

>それとも、チンプは一度は水に入って二足歩行を獲得し、しかる後に樹上生活へと戻った、すなわち「分岐順序からすればヒトだが、二足歩行定義によるとその後ヒトでなくなった」種なのですか?
>もし「ホモ・サピエンスのような完全な二足歩行」にこだわるとしたら、どこで分けましょうか。アルディピテクスは土踏まずが発達していない事、拇指対向が強いことから、ホモ・サピエンスほどの走行能力はもっていなかったと思われます。彼等はヒトですか?

そんなこと、過去にもう何度も「熱弁をふる」っていますよ。私もこれ以上「再度ここで長文を書き込む気はありません。」
本当に関心がお有りでしたら、是非読み直して下さい。

>再度ここで長文を書き込む気はありません。
>これもまた、前に述べたことですので、繰り返すことはやめておきます。

私は率直に言って、ahさんの書き込み意図が本当に分からないんですよ。
私はahさんの批判・質問に応えて、半ば止むなくコメントしているだけです。コメントしなければしないで「スルーしている」とか言われますしね。

前にもホワイト達の論文内容を紹介したら、その紹介について、私が批判されてしまいました。
で、コメントすればしたで、「これは雄さんが以前「飛躍的な断絶」について熱弁をふるわれた時にも繰り返し議論した事ですので、再度ここで長文を書き込む気はありません。」とか叱られる始末です。

だったら放っといてくれ、と思うんですが。
私は自分の方からahさんの主張に対し、長文を必要とするコメントを一度として求めたことは有りませんよ。関心も有りませんし。

ahさんの見解は見解で充分結構です。
出来ましたらこのままお見捨て下さい。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://y-ok.com/mt-tb.cgi/249

コメントする

このブログ記事について

このページは、雄が2010年2月23日 11:14に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「定義」です。

次のブログ記事は「直立二足歩行、森、アクア説」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

最近のブログ記事