沖縄の本土復帰と、「独立」

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>そして日本でも何故か独立琉球国を領有した歴史を黙殺して「沖縄返還」運動なるものを指導しました

これについては、どう云う意図から発せられたコメントか、理解し難いし多いに疑問です。

琉球王国当時、1600年代初期に薩摩藩の侵攻を受け、その後サトウキビ等の供出を中心に、薩摩藩の苛烈な支配下に入ります。
明治維新の廃藩置県の際、琉球王国は強制的に日本の領土とされます(琉球処分)。

その点で、fukalさんの言われる「日本でも………独立琉球国を領有した歴史」はその通りです。

太平洋戦争末期、沖縄は本土のいわば捨て石となり、唯一本格的な地上戦に巻き込まれ、筆舌に尽くし難い苦難を味わいました。

戦後はサンフランシスコ「平和」条約で、日本の施政権が放棄され、アメリカの基地の重圧に喘えぐことになります。
日本の法律は適用されず、騒音やベトナムなどへの前線基地としての危険性。或いは米兵による強姦、暴行に泣き寝入りの時代が続きます。

歴史的経過は大雑把にいって以上の通りですが、沖縄返還当時、こう言う状況の中で祖国復帰を願ったのは他でもない、沖縄の人たち自身でしたよ。
本土の民主勢力は沖縄の祖国復帰の願いに連帯して、強力に後押しをした訳です。沖縄の「歴史を黙殺して『沖縄返還』運動なるものを指導し」た訳じゃない。

そう言う、沖縄、本土の連携した返還運動の高まりが有ったからこそ、条約上は根拠のない復帰をアメリカが呑まざるを得なかった訳です。

 

当時沖縄の世論が、日本からの「独立」を目指していたかどうか、それは多いに疑問ですが、仮に、仮にですよ、日本からの独立を目指していたとして、施政権がアメリカに完全に握られ、それがサンフランシスコ平和条約で根拠づけられていた時、若し、日本から「独立」等したら、アメリカはもっけの幸いと、沖縄を自国のの属州にしていたでしょう。

若し独立を意図していたとしたなら、先ずはアメリカからの支配を脱し、日本に復帰してからですよ。
私は沖縄返還当時、沖縄に「独立」運動がほうはいとして湧きあがっていたとは思えない。

独立運動が若し起きるとすれば、それは民主党政権下の今です。
沖縄の人たちにとって苦悩の源は、米軍基地の騒音や危険、暴行等の重圧ですが、恨みはそれを「甘受」させて来た、同胞である筈の大和人(やまとんちゅう)に向かっていますから。

しかしやはり沖縄の人たちの思いは、基地を含め全て「本土並み」と言うことでしょう。
歴史的経過は経過として、今、日本からの「独立」運動が、沖縄の多くの人の心をつかむとは思えない。

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このページは、雄が2011年1月22日 11:36に書いたブログ記事です。

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