gbさん
記事、見ました。
松沢哲郎さんは好きな学者だし(お会いしたことは有りませんが)、尊敬していますので、松沢さんが「こうだろう」と言えば、「おそらくそうなんだろうな」と思いたくなるのですが、記事の範囲だけでは何か予測めいたことは読み取れませんでした。
ただどうなんですかねぇ。チンプに限らず、意識内容を推測するのは難しくて、結局行動や、ヒト祖先の場合、残された石器や「芸術作品」によって判断するしかないのですが.........。
確実に言えることは、
- 仮にこの行動が、子供が死んだことを理解した上でのことであって、人間の弔いの起源に若し繋がるとしても、このチンプの意識内容は今の人間のそれとは、遠く隔たっている筈だと言うこと。類人猿や一部のトリの「道具」、或いは「コトバ」と比較してさえ、更により原始的で未発達な段階で有る筈だ、と言うこと。
- 同じく、子供が死んだことを理解した上での行動だとすれば、これは一つの「文化」ですね。チンパンジーと言う種固有の生物学的な、つまりは遺伝子に密着した行動では無い。
ネアンデルタールの埋葬などとの関連で、色々言うことは有るのですが、多分これがgbさんの主題では無い筈なので、次の問題。
>(科学的に)生物としての連続を踏まえるというのはこういうことで、雄さんの「チンプとヒトの間にある飛躍(埋められない溝)」という捉え方とは明らかに異なります。
「埋められない溝」との表現と、「質的に異なる」とは微妙にニュアンスが違って、私は前者の捉え方はしていないのですが、それはそれとして.........、
元々、道具にしろコトバにしろ、萌芽的な形で幅広い種に見られることを認めた上で、私の主張はそれらを「若しかしたら共通祖先から受け継いだ(その点で連続)かも知れない。何ごともゼロからの出発は難しい」と言うことですよ。
ですからgbさんが想定している(であろう)「連続」は、踏まえているつもりです。
ただ、道具、それに若し今回の「弔い」がその通りの意味だったとして、その連続は私の言う「生物としての連続」に含まれません。これは「文化」的なもので、生物学的遺伝子に依存していませんので。
この点も含め、次の問題、
>>「ビッグバンに始まる宇宙の物理的経過→原始海洋での化学進化→生物→人間社会といった形で、人間の存在を137億年の宇宙の歴史全体の視野の中で説明する」
>これは、科学的方法により明らかにされた事実を時間軸に沿って並べた自然史についての知識ですよね。ここに、「階層・ステージ」という考えを当てはめること自体、サイエンスとは異なる思想の営為だと、私は思っています。
上記私の書き込みは、最近そう言う視野で説明する書籍が目に付く、と言う紹介のフレーズだったんですが、まあ私の主張だと捉えて頂いても構いません。
この辺は今のところ、gbさんと基本的に見解を異にしている部分です。それに立ち入るとトンデモ無く長く、深くなりそう。で、今回は取りあえずここまでとします。
しかしこのように具体的に異見を提起して頂くと、逆に話のスリ合わせが分かり易くなるかも知れません。
若しgbさんがお付き合い下さると言うのなら、ボチボチと、時間と気分に合わせて、少しgbさんとの見解のスリ合わせをやって見ようか、などとも考えているところです。
私の「思想」への、gbさんの一貫した拘りに合わせ、哲学論争等も含めて、お互い単刀直入に。
と言うことで、ご挨拶もかねて私からの質問。
「ビッグバンに始まる宇宙の物理的経過→原始海洋での化学進化→生物→人間社会」
このこと自体を事実(勿論直接の観察は出来ないので、科学的に確からしい」として認めますか?
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