ヒト起源について-31

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>「水中の資源を水中での二足歩行により採取していても、必ずしも地上での二足歩行には直結しない」

勿論そうです。
私も(おそらくNHKも)この例が、いつかゴリラも二足歩行に向かう過程を示している、とか、そんな捉え方をしている訳では毛頭有りません。

 

ヒトの直立二足歩行は解剖学の専門家によると、設計ミスとしか言えないような、奇妙で有り得ないな姿勢らしいですね。
ヒトは今でも(700万年練習してきているのに)、腰痛や痔、ヘルニア、メスの難産、立眩みや静脈瘤など、そのつけを払い続けています。その弊害は本来直立二足歩行に移行した直後ほど激しかった筈です。

このつけを支払ってなおメリットとなる適応的な条件は何だったか、と言うことで今まで多くの仮説が提起されて来た訳です。ここでもそれを巡ってのやり取りが有りました。mkさんがNo-107で予告編として述べておられる「省エネ説」もその一つです。

モーガンは直立二足歩行が適応的となる環境として、水の中を挙げました。
呼吸の為顔を水から出しておくには、直立姿勢しかありません。言わば否応無しの直接的・死活的な適応です。
そして直立姿勢をとることによる上記のつけは、水の中なら浮力の為殆ど弊害となりません。

体重の重い西ローランドゴリラがバイの水草を採る為に、水の浮力の助けを借りてキレイな直立姿勢を見せ二足で歩くシーンは、若しかしたらかってヒトの祖先が 辿って来たかも知れない、直立二足歩行と言う特異なロコモーション様式を獲得した契機と、私には重なって見えた、と言うことです。
つまりモーガンの主張が、文字通り絵に描いたように目の前に展開していた、と言うことでしょうか。

kkさんが仰るように、西ローランドゴリラは水から上がれば四足に戻るし、彼らにとってはそれが依然としてメインのロコモーション様式でしょう。
しかし仮にここでねぐらへの退路が絶たれたとしたらどうでしょうか。

これは半分私の考えですが、アクア説の都合の良いところは、水は上記のように直接的な淘汰圧として働くと同時に、隔離の機能も果たすと言うことです。
チャ ド湖でもどこでも、アフリカ特有の激しい地殻変動によって、たまたま低い島状に取り残された一群が(私の考えでは近親交配が弊害とならない程度の個体数)、水草なり魚や貝なりを採る為、否応無しに水に適応しつつ直立二足歩行を獲得して、その後水が引けるに伴い拡散して行った。その際、少ない個体数は何らかのボトルネック効果を果たしたかも知れない。
適応できなかった個体は子供を残すことなく死んでいった。

勿論これは全くの脳内モデルに過ぎません。異論・反論が有ることは充分承知しています。
ただトゥーマイが若し直立二足歩行をしていたとしたら(大喉頭口の位置と角度は、それを強く示唆している)、ヒトはチンプなどと分岐して殆ど間を置かずにそれを獲得したことになります。そこに待ったなしの死活的淘汰圧が働いた、とでも考えないと、私にはなかなか納得できないものが有ります。

以前、これもNHKですが、周防猿回しの会での猿の直立訓練を見たことがあります。
驚いたことに訓練するに従って、湾曲していた背骨がS字状に変わって行き、キレイな直立姿勢を保つようになりました。一代のそれも比較的僅かな期間で、骨格までも変わってしまうんですね。

ヒトの祖先も生きるか死ぬかの水の中で、比較的短期間に直立二足歩行に習熟して行ったのではないか、西ローランドゴリラを見ながら、改めてそんな風に感じたことでした。

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このページは、雄が2008年1月11日 11:09に書いたブログ記事です。

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