六郷用水-5(六郷用水復元水路から南北引き分け)

 

六郷用水復元水路を歩く

往時の六郷用水の姿を偲ぶことは出来ないが、その跡にせせらぎが復元されている。
なおこの区間、六郷用水最大の難工事だった「嶺村の切り通し」、通称「女(おな)堀」を通る。

 

地形図

クリック、拡大表示でご覧ください。

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撮影Map

クリックするとGooglemapと連動して表示されます。 (2018年、突然Googlemapでの表示が不調となり、解決の方法も有りません。しかしmap上の位置関係は判別できますので、引き続きそのまま表示します)。

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六郷用水復元水路

丸子橋橋詰、中原街道の脇から復元水路がスタートする。東京都の「手作り郷土賞」も獲得していて、なかなか趣ある遊歩道となっている。
右側は直ぐ多摩川の土手。左側は国分寺崖線。

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今回は少し水が濁っていた。

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ところどころに、国分寺崖線からの「ハケの水」が湧き出す場所がある。

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散り始めてはいたが、桜の花と相まって気持ちのいい散歩道。

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東光院とジャバラ

写真左の土塀は東光院。その脇にチョットした休憩所風な場所。流れにはかって水揚げに使われていたジャバラと呼ばれる水車の模型。

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東光院正面

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小規模になりながらも、水路は続く

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湧水の井戸?

道路脇に四角な桝状の柵があり、中にきれいな水が満ちていた。おそらくわき水の井戸なのだろう。

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前方、高架は東海道新幹線と横須賀線。
写真中央の石組みの上から、水が湧き出す演出。

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浅いながらも再度、親水エリアとしての風情を見せる水路。

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「この用水は湧水を利用しています」と書いてある。確かに水は澄んでいる。復元水路のスタート地点では水が少し濁っていたので、連続性は無いのだろうか?

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女(おな)堀

ここで復元水路の水の流れは終わる。
この先、シュロ並木に沿って左にカーブしながら、国分寺崖線から、細く腕のように伸びている小さなピークを超える(地形図参照)。六郷用水最大の難工事だった「嶺村の切り通し」、通称「女(おな)堀」と呼ばれるところ。
写真でも感じられる通り、ここから台地に向かって昇り勾配になっている。水は1センチでも上には流れないから、ここで台地の硬い岩盤を7.5メートルも掘り下げて水路を通したという。

女堀の名の由来は、この難工事で気が荒くなっている男どもの気分を和らげたとか、男性ばかり動員すると農作業に支障をきたすので女性も動員したとか、諸説あるらしいが、このことによって作業は多いに進んだそうだ。なお、この嶺村の切り通しだけでなく、六郷用水全体を「女堀」と呼ぶこともあるようだ。

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現在は埋め立てられているが、この下に六郷用水が通っていた訳だ。
現在も暗渠で通っているのだろうか?

左側は観蔵院。

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坂の一番上にある案内板

観蔵院の脇にチョットした休憩場所みたいなところが有り、そこに案内板が立っている。

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観蔵院

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腕状に伸びた台地のピークを超え、道は下り坂となる。

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谷の部分に出る

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環状八号線を超える

前方環八。正面「タイヤマン」の少し下手から水路跡は続く。

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各種案内

ハッキリした水路跡(緑道など)が無い場所でも、ところどころに案内の標識などが有り、跡を辿れる。

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再び国分寺崖線に沿って

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ハケの森

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南北引き分け

六郷用水は、千鳥町地内で「北堀」「南堀」の二つに分かれる。ここがその南北引き分け。
写真中央から右に南堀方向。左に北堀方向。

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北堀方向

今回は最初に北堀に沿って歩くこととする。

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国分寺崖線から離れて

南北引き分け付近で国分寺崖線そのものが終焉を迎える。
北堀はその後僅かな区間崖線の縁を通るが、そこは既に多摩川が削りだした河岸段丘としての国分寺崖線ではなく、多摩川が押し出した扇状地礫層の末端部、山の手台地のいわゆる「南北崖線軸」に当たる。
丸子川から一貫して国分寺崖線の縁を通って来た六郷用水(跡)が、ここで完全に国分寺崖線と決別することとなる。

 

今回、ここまで

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