桃園川-3(本流-桃園川緑道)

 

杉並地内水路網(暗渠の迷宮)全体像」も参照のこと

 

桃園川緑道、神田川合流

阿佐ヶ谷駅から約500メートル東、JR中央本線を潜った所から「桃園川緑道」が始まる。暗渠迷宮状態だった阿佐ヶ谷地内から一変、きれいに整備された緑道が神田川合流までの約5キロ続く。もうこの先迷う必要は無い。
ここまで整備された暗渠・緑道が5キロも続くのは東京でも珍しい。

 

地形図

クリック、拡大表示でご覧ください。

桃園川地形図-3.gif

 

全体の地形図はこちら

クリックすると拡大表示されます。全体が把握できるよう、巨大な図になっています。スクロールしながらご覧ください。
水路名などの文字をクリックすると、関連したページが開きます。

 

撮影Map

クリックするとGooglemapと連動して表示されます。

2018年、突然Googlemapでの表示が不調となり、解決の方法も有りません(Googleの仕様変更かも)。しかしmap上の位置関係は判別できますので、引き続きそのまま表示します。

桃園-3_photomap.jpg

 

    

 

阿佐ヶ谷けやき公園

JR中央本線に面して直ぐ北側の小公園。この前を桃園川が通っていたと思われる。

YOKL1294.JPG

 

JR中央本線を潜る

YOKL1295.JPG

 

桃園川緑道START

阿佐ヶ谷地内は暗渠の迷宮で何が何だか分からない状態だったが、中央本線を超えたここからキレイに整備された桃園川緑道が始まる。下に掲載した案内図を見てもこの先、支流が入り組んではいるが、神田川合流までの約5キロ、もう迷うことはない。

YOKL1296.JPG

 

案内図

クリックして下さい。パノラマ形式で拡大表示されます。更にクリックで拡大・縮小します。

YOKL1298.JPG

 

案内板碑文

上の案内板右端に、次のような案内文が記されている。

桃園川緑道の沿革

 「桃園川緑道」は元来、天沼の弁天池(天沼三丁目地内)を水源として東流し、末広橋(中野区内)で神田川に合流する「桃園川」と呼ばれた小河川でした。
 「桃園川」の名は江戸時代初期に付近の「高円寺」境内に桃の樹が多かったことから、将軍より地名を「桃園」とするよう沙汰があったことに由来しています。その後、「桃園」は中野に移されています。)
 江戸時代中期には「千川上水」から分水したり「善福寺川」から「新堀用水」を開削し、導水するなどして「桃園川」沿いの新田開発が、進められました。
 大正末期には、この付近も関東大震災を契機とした都市化の波を受け、川沿いの地区は耕地整理が行われ、数条に分岐していた「桃園川」も流路が整えられ、それに伴い水田風景も姿を消しました。
 その後、「桃園川」は宅地化の進む中で大雨の度に氾濫を繰り返し、川沿いの地区に被害をもたらしましたが、昭和42年、東京下水道局により桃園川幹線として暗渠化され、以降、水害も治まり河川としての使命を終えました。
 杉並区では、昭和44年、この地上部分を中野区境から中央線までの区間、整備し、「区立桃園川公園」として開園しました。その後、施設の老朽化に伴い、平成元年より五ヵ年を掛け再整備を行い、緑と花のプロムナード「桃園川緑道」として新しく生まれ変わりました。

平成6年3月

 

上は緑道、下は暗渠

マンホールの下から水の流れる音が聞こえる。桃園川暗渠は下水道幹線として転用されている、その下水が流れているのだろう。

YOKL1301.JPG

 

内手橋、天沼1丁目方向からの支流が合流

ここで天沼1丁目方向からの、結構長い支流が合流してくる。

Y18_1509.JPG

Y18_1508.JPG

 

東橋、天保新堀用水と北からの細流が合流

ここで左(南)側から天保新堀用水が合流。右から細流が合流している。

Y18_1654.JPG

 

桃園川緑道が続く

YOKL1304.JPG

 

 

旧 馬橋

YOKL1303.JPG

 

高円寺駅前の通り

駅前の商店街を抜ける緑道。公衆トイレが設置されていた。

YOKL1306.JPG

    

 

環七と交差

YOKL1309.JPG

YOKL1310.JPG

 

環七を超えて

YOKL1311.JPG

 

脇から支流らしきものが

YOKL1312.JPG

 

YOKL1313.JPG

YOKL1314.JPG

 

 

この辺から既に中野区

橋の遺構を極力残しての緑道風景となる。

YOKL1315.JPG

YOKL1316.JPG

 

都道420号を超える

道路左側に行くと、400メートル弱で中野駅南口。

YOKL1320.JPG

 

桃園橋

都道420号に掛かる桃園橋

YOKL1321.JPG

YOKL1327.JPG

YOKL1328.JPG

 

桃園川開渠時の痕跡

かって開渠であった桃園川に降りる石段、及び護岸だったのだろう。

YOKL1329.JPG

 

宮前公園

この南側に天神社が有るが、そこに由来する「宮前」なんだろうか?

YOKL1330.JPG

 

都道317号宮下交差点

地下には首都高速中央環状線、都営大井戸線が通っている。

YOKL1334.JPG

YOKL1337.JPG

 

神田川合流地点が近づく

YOKL1339.JPG

 

神田川合流

正面奥、神田川に掛かる末広橋。その下で桃園川は神田川に合流する。神田川から見た合流地点

YOKL1341.JPG

 

神田川歌碑

末広橋橋詰めの小公園に、フォークソング『神田川』の歌碑がさりげなく置いてある。作詞者喜多條忠が住んでいた「三畳一間の小さな下宿」はここより下流の戸田平橋付近

YOKL1342.JPG

YOKL1346.JPG

 

末広橋下、神田川への桃園川合流

YOKL1343.JPG

YOKL1344.JPG

 

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://y-ok.com/mt-tb.cgi/699

コメントする

INDEX

You Tube 動画

比較的最近始めたContentsです



岐阜に移住・拠点にして


岩と清流・歴史と文化の地、岐阜を拠点に


木曽川水系

飛騨川水系

長良川水系

歴史の街並み

つわものどもが夢の跡

安曇野に身を委ねる

陸奥(みちのく)紀行

酒田山居倉庫、十和田・奥入瀬、酸ヶ湯、仏ヶ浦、本州最北端大間、恐山、尻屋崎、五所掛け温泉、八幡平、玉川温泉、乳頭温泉、角館武家屋敷、銀山温泉、山寺、裏磐梯、五色沼・檜原湖、大内宿
出羽三山神社、月山弥陀ヶ原、十二湖・日本キャニオン、竜飛崎、八甲田田代平湿原、蔦沼、奥入瀬渓流

武蔵野と水辺


「舞台は武蔵野」 - 全てはここに

「関東平野・武蔵野」私的覚書 - 鵜呑み厳禁

母なる川、多摩川の風景

奥多摩・御岳

多摩川上総層群

玉川上水

武蔵野の地形地質との折り合い、奇跡の43Km

野火止用水 - 知恵伊豆、最初からの本命?

千川上水

水道道路ー都会を貫く直線道路

国分寺崖線

野川 - 武蔵野の湧水を集めて

仙川 - 野川最大の支流で水のミステリーの中心

深大寺周辺 - 国分寺崖線の奥座敷

中仙川緑道と入間川

矢沢川-九品仏川斬首で出来た等々力渓谷

六郷用水(次大夫堀)・丸子川

丸子川支流-谷戸川

立川崖線と青柳断層

ハケの清水と府中用水

残堀川

立川崖線終焉

南北崖線軸と山の手台地

皇居

渋谷と渋谷川

目黒川水系

神田川水系

杉並地内「暗渠の迷宮」を辿る

呑川水系

石神井川水系

山の手台地 Others

武蔵野台地北縁

落合川(黒目川支流)


その他