No- 9 社会の全体はどのように発展するか

(今月の学習ポイント)

今月は、生産の発展の歴史が、人類社会の歴史の「骨組み」では有るけれども、しかしその全体では無い、と言うことの理解から出発して、社会の歴史的発展の全体を理解する為には、社会の「土台」と「上部構造」と言うカテゴリーを学んで身につけることが必要だと言うことを学習します。
「土台」と「上部構造」と言うカテゴリーがそれぞれ何を意味するかを学習した後に、この二つのカテゴリーで捉えられるものの相互関係を、本質的・基本的な点で理解し、更にこの本質的・基本的なことの理解だけで公式主義的に全てを割り切ることは正しくないと言うことを学習します。
この最後の問題は、次回に続きます。

    

 

1、生産の発展と社会全体の発展

この講座では、先ず初めに、これまでの全ての歴史は(原始状態を別にすれば)階級闘争の歴史であった、と言うことを明らかにすることに努めました。そしてその次に、このような階級闘争の基礎に、特定の経済的諸関係が、すなわち、特定の生産の仕方とこれによって条件づけられている交換の仕方が有ると言うことに話を進め、このような経済的諸関係を明らかにする為に必要なカテゴリーとして、第六回には「生産関係」と言うカテゴリーについて、第七回には「生産力」と言うカテゴリーについて述べ、更に前回(第八回)には、生産力と生産関係との矛盾が生産の発展の原動力であり、ひいては、人類社会の発展の原動力であることを明らかにしようと努めました。

このこと、すなわち、人類社会の全体が発展する為には、何よりも先ず生産が発展しなければならないと言うことを正しく理解することは、非常に大切なことであり、このことを理解することによって、初めて歴史を唯物論的に捉える事が出来るようになり、又、歴史を単に王侯貴族やいわゆる偉人英雄の歴史としてではなく、勤労人民大衆の歴史として捉え、生産を発展させてきた勤労人民大衆こそが人類の歴史の全体を発展させてきた、歴史の主人公であると言うことの理解への道が開かれるのです。

しかしながら、以上に述べたことは、史的唯物論は人類の歴史をただ生産の歴史としてだけ捉える、と言うことを意味するものでは決して有りません。人類の歴史(或いは、同じことですが、社会の歴史)は、全人類の、物質的並びに精神的生活の全体の歴史です。
生産の歴史は、この人類社会全体の歴史から見れば、やはりその一部分に過ぎず、この部分を、それがどんなに重要なものであるにしても、全体とすり替えることは許されません。
レーニンは、この重要な部分である社会的生産の発展の歴史を「骨組み」に例え、人類社会全体の歴史を、この骨組みが肉と血とで包まれた、生きた動物の全体に例えています。
すなわちレーニンは、『「人民の友」とはなにか』の中で、『資本論』でマルクスは何をやったのかについて述べた後で次のように書いています。

「だが重要な点は、マルクスがこの骨組だけでは満足しなかったこと、彼が普通の意味での『経済理論』だけに留まらなかったこと、彼が ―― ―― 有る社会構成体の構造と発展とを専ら生産関係によって説明しながらも ―― ―― それにもかかわらず、この生産関係に照応する上部構造を、常に、そして、至る所で追求し、この骨組を肉と血で包んだことに有る。この為にこそ『資本論』は極めて巨大な成功を収めたのであって、そこで『ドイツの経済学者』のこの著書は、資本主義的社会構成体の全体を、生きた構成体として ―― ―― すなわち、日常生活の諸側面や、この生産関係に固有な階級敵対の実際上の社会的現れや、資本家階級の支配を保護するブルジョア的な政治的上部構造や、自由・平等、等々のブルジョア的観念や、ブルジョア的家族関係を伴った構成体として ―― ―― 読者に示したのである」。

このレーニンの文章のうちには「社会構成体」と言う用語が出てきますが、これについてはもっと後の回で述べます。今ここで注目して欲しいのは生産関係が「骨組み」に例えられており、「この生産関係に照応する上部構造」が「肉と血」に例えられていて、ただ骨組みを明らかにするだけでなく、「この骨組を肉と血で包んだこと」がマルクスが「巨大な成功を収めた」所以であると指摘されていることです。

以上に述べたことから分かるように、マルクスもレーニンも、人類社会の歴史をただ生産の発展の歴史として、或いは、生産関係の交代の歴史としてだけ捉えればよいとは、決して考えていません。
では生産の発展の歴史を「生産関係」と「生産力」と言うカテゴリーを用いることによって科学的に理解することを学んだ後に、この骨組を更に肉と血とで包む為に、そして人類社会全体の歴史をまさに生きた全体として捉える為に、我々はどのように進めば良いのでしょうか。 ―― ―― それを考えるのが今回の話の目的です。

既に先に引用したレーニンの文章の中に「この生産関係に照応する上部構造」と言うことばが有ります。この「上部構造」と言うカテゴリーが何を意味するかを説明しなければなりません。だが同時に、この言葉を初めて読む人は、「上部構造」が有るならば「下部構造」も有るのかな、と思うでしょう。だが史的唯物論では、「下部構造」と言うことばを使わないで、「土台」と言う用語を使っています。だから次にこの「土台」と「上部構造」と言う二つのカテゴリーが何を意味するかを説明し、更に、これらのカテゴリーを用いることによって人類社会の全体の歴史がどのように捉えられるか、と言うことに話を進めましょう。

    

 

2、「土台」と「上部構造」とはなにか

私は既にこの講座の第六回に、生産関係がどのようであるかによって「一定の発展段階に有る社会」の性格が本質的に決まる、と言うことを述べました。先ほど使った表現を用いるならば、骨組みが決まれば、その動物の全体の姿が基本的には決まる訳です。ウマの骨組みを持っていればどんな肉付けをしてみても、サルのような動物が出来る訳は有りません。
しかし、「骨組み」と「肉と血」と言う表現はあくまでも例えであって、正確では有りません。先ず注意しなければならないことは、一匹の動物が二種類の骨組みを同時に持っているということは有り得ませんが、社会の経済構造は動物の身体よりも複雑であって、一つの社会の中に二つ以上の生産関係が同時に成立しているということは、ざらにあると言うことです。

マルクスは、純粋な資本主義社会と言うものは無い、と言うことを至る所で指摘しています。
我々が普通に「資本主義社会」と呼んでいるのは、資本主義的生産関係が主要な生産関係になっている社会のことです。しかしその社会には、自営農民とか、自分の仕事場や道具を持ち自分の労働力で生産活動を行っている洋服屋などの小生産者も存在していて、小生産者的生産関係が同時に存在していますし、地主 ―― ―― 小作農の生産関係が残存していることも珍しくは有りません。奴隷制社会にも、奴隷主と奴隷のほかに、奴隷を持たない自由民が存在しましたし、それい性的生産関係と封建制的生産関係とが共存していた社会も有りました。
有る一つの社会について「生産諸関係」と言うように複数名詞が使われるのは、このような事態を考慮に入れているからです。

このように一つの社会の中に幾つもの生産関係が同時に存在しているということは、その社会における階級闘争を複雑にします。
既にこの講座の第三回に、1848年当時のフランスにおける階級闘争をマルクスがどのように分析しているかを紹介しておきましたが、この時代のフランスの社会に圧倒的に多数の分割地農民や小ブルジョアが存在したと言うことが、当時のフランスのプロレタリアートの階級闘争を複雑で困難なものにしていた事情が良く分かります。
さて、我々は階級闘争の基礎に有って、これを生み出し、動かすものとしてその社会の「経済的諸関係」を捉えようとしているのですから、前述のような事情が有るからには、一つの社会における主要な生産関係を捉えるだけでなく、同時に存在している幾つかの生産関係を総合的に捉える事が必要です。
そしてそのようなカテゴリーが、社会の「土台」と言うカテゴリーなのです。

マルクスは『経済学批判』の序文にこう書いています。
「人間はその生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意思から独立した関係に、すなわち生産関係に入る。この生産関係は、彼らの物質的生産力の一定の発展段階に照応している。これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造を形成する。これが実在的土台であり.........」。
この引用文の前半は前回にも引用しました。今特に必要なのは後半です。読めば分かるように、「土台」とは「生産諸関係の総体」のことであり、そしてそれが「社会の経済的構造」を形成しているのです。
「土台」と言うカテゴリーを説明するだけならば、いきなりこの引用文から始めても良かったのです。だが、このカテゴリーの意味を理解するだけでなく、なぜ個々の生産関係を捉えるだけでなく、一つの社会に同時に共存している幾つかの生産関係を「総体」として捉える事が、階級闘争の見地から言って必要であるかを納得することが重要だと思います。
このことが分からないと「生産関係」と言うカテゴリーの他に「土台」と言うカテゴリーのが何故必要なのかが、分からないでしょう。

次に「上部構造」と言うカテゴリーに移ります。「土台」と言うカテゴリーとか「上部構造」とか言う表現が、建築物を念頭に置いていることは言うまでも有りません。土台が有ってこそ上部構造がその上に乗っかることが出来るのであり、土台がひっくり返れば上部構造もひっくり返る、と言うことをこの表現は既に表しています。
では、建築物の土台に例えられる「社会の経済的構造」に対して、建築物の上部構造に例えられるのは、社会の何でしょうか。
マルクスは先の引用文を次のように続けています。 ―― ―― 「これが実在的土台であり、その上に法律的及び政治的な上部構造がそびえ立ち、そしてそれに一定の社会的諸意識形態が照応している」と。
又エンゲルスは『空想から科学へ』の第二章の終り近くで、「社会のその時々の経済的構造が現実の土台をなしているのであって、それぞれの歴史的時期の法的及び政治的諸制度や、宗教的、哲学的、その他の見解からなっている上部構造の全体は究極においてこの土台から説明されるべきである」と述べています。

さて、これら二つの叙述においては、少なくともことばの上では、上部構造の規定が違っています。
すなわちマルクスの叙述では、「法律的及び政治的上部構造」が有って、これに「一定の社会的意識形態が照応している」と述べられています。「社会的諸意識形態」とは「イデオロギー」とも言われるものであって、エンゲルスの叙述では、「宗教的、哲学的、その他の見解」と言われるもののことです。
そうすると、エンゲルスの叙述では、「上部構造」は法的及び政治的諸制度とイデオロギーの両方を含むのに、マルクスの叙述では「上部構造」はイデオロギーを含まず、「法律的及び政治的な上部構造」とイデオロギーとが「照応」と言う関係で結びつけられている、と解せられるのです。

確かにことばの上ではそう読めるのですが、しかし果たしてマルクスに「社会的諸意識形態」すなわちイデオロギーを「上部構造」から排除すると言う考えが有ったかと言うと、私は疑問だと思います。
と言うのは、同じ『経済学批判』の序文でマルクスは、社会革命の時期が始まると「経済的基礎の変化とともに、巨大な上部構造の全体が、或いは徐々に、或いは急激にくつがえる。このような変革の考察にあたっては、自然科学的に正確に認識できる経済的生産条件における物質的な変革と、人間がこの衝突を意識するようになり、これと闘って決着をつけるところの法律的な、政治的な、宗教的な、芸術的または哲学的な諸形態、簡単に言えばイデオロギー諸形態とを常に区別しなければならない」と述べており、後の文で区別されなければならないとされている「経済的生産条件における物質的基礎の変化」と「イデオロギー諸形態」とは、前の文の「経済的基礎の変化」と「巨大な上部構造全体」とに対応しているように思われるからです。
そうだとすると、ここには法律的及び政治的諸制度への言及が有りませんが、少なくとも、イデオロギー諸形態は「巨大な上部構造全体」の中に含まれるものと考えられていることになります。
このような理由で「上部構造」と言うカテゴリーは、エンゲルスの叙述におけるように、法律的及び政治的諸制度とさまざまのイデオロギーとの両方を含むものと理解してよいと私は考えます。

3、土台と上部構造との関係

さて、人類社会の歴史の全体を新に生き生きとしたものとして捉える為には、「土台」と「上部構造」と言うカテゴリーで捉えられているものの関係を、正しく具体的に理解しなければなりません。
この場合にも重要なことは、本質的・基本的なことを先ずしっかり理解することと、しかしこの本質的・基本的なことだけで全てが割り切れると言うような公式主義的な理解をしない、と言うことです。

土台と上部構造との関係で本質的・基本的なことは、既に、2 で引用した文章に示されています。すなわち「上部構造の全体は究極においてこの土台から説明される」と言うことと、「経済的基礎(すなわち土台)の変化とともに、巨大な上部構造の全体が、或いは徐々に、或いは急激にくつがえる」と言うことです。
この二つのことを史的唯物論の教科書ではしばしば、簡単に「土台が上部構造を規定する」と述べています。この簡単な教科書的表現は、誤りでは有りませんが、公式主義的に理解すると誤りになります。

先ずエンゲルスは何故「究極において」と断り、マルクスは何故「或いは徐々に、或いは急激に」と付け加えているのでしょうか。
それは、前述のように、法律的及び政治的諸制度と、さまざまのイデオロギーとを「上部構造」と言う一つのカテゴリーで一括して捉えるからと言って、しかしだからと言って上部構造に含まれる諸要素の間に何の違いも無い、と言うことでは決して無いからです。
このことを理解するには、エンゲルスが『フォイエルバッハ論』の第四章の終り近くで述べていることが参考になります。そこには、国家と国法及び私法が土台によって規定されることが述べられた後に、「もっと高い、すなわち、物質的・経済的基礎から更にもっと遠ざかっているイデオロギーは、哲学及び宗教と言う形をとる」と述べられています。
すなわち、上部構造の中に、土台に比較的近いものと、比較的遠いものとが有る、と言うことが認められている訳です。従って土台に比較的近い上部構造の諸要素は、土台から直接に説明できることが多いし、また土台が変化すれば急激にくつがえる訳ですが、土台に比較的遠い上部構造の諸要素は、いきなり土台から説明することが出来ないで、土台との間に幾つかの上部構造の他の諸要素を媒介項として入れることによって初めて説明できることが多いし、また土台が変化しても徐々にしかくつがえらないのです。

例えば、明治維新以後の我が国においては、資本主義的生産関係が急速に形成され、発展します。そして、明治憲法の発布、議会制度の制定、諸法律及び裁判制度の制定・整備などは、この資本主義的生産関係の形成・発展の要求によるものとして、土台から直接に説明できます。だが、道徳的見解の変化となると、土台の変化から直接に説明するよりも前記のような政治的・法律的諸制度の変化から説明する方が、より適切に説明できることが多いし、更に文学の発展となると、道徳的・政治的見解の変化から説明することがより適切である、等々といった具合です。
だがこのように中間に媒介項が必要だとしても、それらの媒介項が結局は土台から説明できるならば、前の例における文学のような場合にも「究極において」土台から説明されていることになり、エンゲルスの主張が実現されることになります。

なおもう一つ注目しておきたいことが有ります。土台に比較的遠い上部構造の諸要素は、前述のように、より間接的に土台によって規定されている訳ですが、そのことは、このような各要素の全体が、土台が変化した後に徐々にしか変化しないと言う結果を、必ずしももたらさない、と言うことです。
間接的にしか規定されないと言うことは、それだけ土台の拘束が弱いことを意味する訳ですが、この拘束の弱さは二つの面に現れます。
その一つは、土台の変化が未だ実現されていなくても、土台の変化を引き起こすような傾向が潜在している場合に、上部構造が土台の変化を先取りして、土台の変化を促すと言う反作用をする、と言う場合です。例えば、資本主義的生産関係が外見的にはゆるぎなく存在しているにも関わらず、この生産関係の枠に収まらないような生産力が発展しており、その結果、階級闘争が激化している場合にはその資本主義的な社会の上部構造の内部に、生産関係の変化に先だって、社会主義的なイデオロギー(哲学、芸術、政治思想)などが生まれ、社会主義的な政党が生まれ、これらのものが土台の変革を促進する働きをします。

この場合に土台の直接的拘束を受けやすい政治的制度や期間のうちに社会主義的性格を持つものが現れるに先だって、先ずイデオロギーの分野でこうした性格のものが現れるのは、イデオロギーに対する土台の拘束がより弱いということの現れです。
けれども、イデオロギーの分野では、さまざまの異なった社会的性格を持つ見解・主張・流派が、互いにイデオロギー闘争を行いながら、同時に共存することが出来ます。その結果、生産関係が社会主義的生産関係に変化しても、哲学や芸術においてはその全てが社会主義的な性格をもつものに一度に変わる訳ではなく、かなり長期間に渡って資本主義的な性格を持つ見解・主張・流派が残存するのであり、イデオロギー闘争は引き続き行われなければならないのです。
このことは、上部構造のこの分野に対する土台の拘束の弱さのもう一つの現れです。

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