No- 6 生産関係と階級

    

 

1、 社会を科学的に認識するに当っての生産関係というカテゴリーの重要性

この講座で私は、前回まで、階級と階級闘争について述べてきました。そして前回の終わりに、マルクスとエンゲルスは、かれらの同時代の歴史をプロレタリアートとブルジョアジーとの階級闘争の歴史として捉えたのちに、一方では、この新しい見地から過去の歴史を振り返ってみて、これまでのすべての歴史は(原始状態を別にすれば)階級闘争の歴史であった、という一般的な歴史認識へと進んでゆき、他方では、このような階級闘争の基礎に、特定の経済的諸関係が、すなわち、特定の生産の仕方とこれによって条件づけられている交換の仕方があるということを発見して、この生産と交換の仕方を研究するという方向へと進んでいった、ということを述べました。
今回からは、この第二の方向の研究によって明らかにされた、生産と交換の一般法則、そしてそこから導きだされる社会発展の一般法則について述べます。

差し当たり今回は、このように階級闘争の基礎にある経済的諸関係を明らかにするにあたって、もっとも重要な要となった「生産関係」というカテゴリーについて述べます。
というのは、「生産関係」を基本的な社会関係として捉えることによって始めて、社会の歴史を科学的に研究し、把握することができるようになったのだからです。

それにさきだって(これは既に前に弁証法的唯物論の入門講座でも説明しておいたことですが、新しく読む人達の為に)「カテゴリー」ということばについて簡単に説明しておきます。

―― ―― それぞれの科学には、その概念なしにはその科学がなりたたなくなるような幾つかの基本的概念があって、これらの基本的概念がその科学の「カテゴリー」とよばれています。
例えば、「速度」、「加速度」、「質量」、「カ」などは力学のカテゴリーであり、「価値」、「使用価値」、「剰余価値」、「価格」、「利潤」などは経済学のカテゴリーです。
これから述べようとする 「生産関係」 というのは、史的唯物論のカテゴリーの一つであり、史的唯物論の基本的なカテゴリーには、既に述べてきた「階級」、「階級闘争」のほかに、「生産力」、「生産様式」、「土台」、「上部構造」、「社会構成体」などがあります。

これらのカテゴリーについても次々に取りあげて述べることになりますが、まず「生産関係」というカテゴリーを取りあげましょう。
最初に、「生産関係」というカテゴリーがなぜそんなに重要なカテゴリーであるか、ということについて述べます。

自然にかんする研究が、ギリシャ時代以来、科学としての道を着実に歩んできたのにたいして、社会にかんする考察や研究は同様に古くからあったにもかかわらず、社会科学が本当に科学といえるものになったのは、比較的新しいことでした。
なぜかといえば、自然は人間の意識から独立したものであり、自然には人間の意志によって勝手に変えることのできない客観的な法則が支配していると考えられていて、この客観的な自然法則を認識しようとする努力がギリシャ時代以来おこなわれてきましたが、これに反して社会は、人間の意志によって左右できるものだという考えが長い間支配的だったからです。

実際に、法律が変われば社会が変わるという事実があり、そして法律は立法者の意志によって変えることのできるものだと考えられてきたので、社会に関するすべてのことが人間の意志に依存しているかのように考えられたのです。
これはこの講座の第二回に述べたように、歴史を動かす人間の観念的な動機だけを認めて、更に遡ってこの観念的な動機を動かしている諸原因の探求にまで進むことができなかったことによるものです。

従って社会にかんする研究は、さまざまな事実を寄せ集めて分類し、記述するか、せいぜいこれに評価を下すだけに留まりました。
経済現象にかんしても、どうすれば国の財政がうまくゆくかという、主として租税政策を論じたものは極めて古くからあり、例えば中国の湊時代にでた桓寛(かんかん) の『塩鉄論』(紀元前81年)という著書は、地租だけに頼るのではなくて、塩と鉄に税金を掛けよということを論じています。
ヨーロッパでは16世紀と17世紀に、「重商主義(マーカンチリズム)」とよばれる経済政策、すなわち、外国貿易によって金銀を国外から獲得してくることが国を富ませるゆえんであると主張する政策論を述べた著書が、幾つも出ています。
しかし外国貿易を発展させるには、輸出すべき商品の生産が国内で発展していなければならないということが当然の前提であって、この生産という経済上の根本問題にまで考察を進めないで、外国貿易による金銀の獲得をいくら論じても、そのような政策論はおよそ科学とはいえないしろものです。

それにたいして、経済学をなんとか科学といえるものに仕上げたのは、重農主義者のフランソア・ケネー(1694-1774年)だといえるでしょう。
ケネーは、医者として著名であり、生物学者としても優れていた人物で、自然科学者の目で社会・経済現象を捉え、社会現象のなかに、人間の意思によって勝手に変えることのできない法則があることを認識しました。
かれは著書『経済表の分析』(1766年)で、「この世におけるあらゆるものは自然法則に支配される」と述べ、この自然法則に従うことが経済政策を誤らない為に必要な条件であることを指摘レました。
ケネーの経済学上の業績はマルクスも高く評価していますが、ここではその学説の内容にまでたち入って述べることはできません。
しかし今述べた思想だけをとってみても、社会科学の成立史上におけるケネーの業績は偉大だったといえます。

だが、先駆者に完全を求めることは無理なことですが、先の言葉はまた、生まれたばかりの社会科学が持っていた弱点をも示しています。
それは、「自然法則」と言う言葉を使うことによって、人間の意思によって左右されない客観的な法則が社会・経済現象のなかにあることを彼が示し得たと同時に、彼はまた自分が同時代の経済現象のなかに見出した法則を永遠不変の自然法則だと考えていたことをも暴露しているのです。
そして、ケネーに続いて現われた、アダム・スミス(1723-90年)やディヴィッド・リカード(1772-1823年)もまた、かれらが研究した資本主義的経済の法則を永久不変の法則とみなすという同じ誤りをおかしたのでした。

かれらのすべてが、歴史的に変化するものである経済的譜関係をまだそのように変化するものとして捉えることができなかったのですが、その限りでは、かれらの時代には社会科学はまだ本当の意味での科学になっていなかった、少なくとも、本当の意味での科学としては重大な弱点をもっていたといえます。
そしてこの弱点を克服して、社会科学を本当の科学にしたのがマルクスであり、かれが、社会・経済現象のなかに客観的な法則が支配していることを認め、しかも社会を歴史的に発展するものとして捉えることができた、その要になったのが、「生産関係」と言うカテゴリーなのです。

    

 

2、生産関係とはなにか

では次に、「生産関係」というカテゴリーはなにを表わしているのか、その内容について述べましょう。
マルクスは『賃労働と資本』(1849年)で、生産関係について次のように述べています。

―― ―― 「生産の際に、人間は、自然に対して関係するだけではない。かれらは、一定の仕方で共同して活動し、その活動を相互に交換しなければ、生産できない。
生産する為に、かれらは互いに一定の関係やつながりを結ぶが、こうした社会的な関係や繋がりの内部で始めて、かれらと自然との関係がおこなわれ、生産が行われるのである。
勿論 、生産者が互いに結ぶこれらの社会的関係、かれらがその活動を交換し、生産の行為全体に参加する諸条件は、生産手段の性格の如何に応じて、違ったものになるであろう。......。

それゆえ、諸個人がそのなかで生産をする社会的関係、すなわち社会的生産関係は、物質的生産手段、生産力が変化し発展するにつれて、変化し変動する。全体としての生産関係は、社会的関係、社会と呼ばれるものを、しかも一定の歴史的発展段階にある社会、独特で特色のある性格をもった社会を、形づくる。
古代社会、封建社会、ブルジョア社会は、そういう生産関係の全体であり、同時にそれぞれ、人類史上の特別の発展段階を表している。
資本もまた、ひとつの社会的生産関係である。それはひとつのブルジョア的生産関係であり、ブルジョア社会の一生産関係である」

ここでまず明らかにされていることは、人間は生産を行うに当たって、自然に働きかけるだけではなく、人間が相互に働きかけあい、「互いに一定の関係やつながり」を結んでそのなかではじめて生産をおこなうことができる、ということです。
そしてこのような、生産をおこなうに当たって結ばれる社会関係が「生産関係」とよばれるのです。
そしてこのような「関係やつながり」が「一定の仕方で共同して活動し、その活動を相互に交換する」ことだと説明されています。

この説明だけをよむと、「一定の仕方で共同して活動する」というのは、例えば何人かの人達が共同して1匹の野獣を倒すとか、1台の自動車を組み立てるとかいう場合のことであり、「その活動を交換する」というのは、社会的分業がおこなわれていて、例えば農業生産物と工業生産物とが交換される、というようなことだけをいっているのだと理解されるかも知れません。
もちろんそのような場合の人間相互間の関係も生産関係のうちに含まれる訳ですが、しかしそれだけではないのです。
より重要なことは、「資本もまた、ひとつの社会的生産関係である」という言葉によって示唆されている内容です。
先に引用した文章の、直前のパラグラフでマルクスは、「黒人は黒人である。一定の関係のもとで、はじめてかれは奴隷となる。紡績機械は紡績機械である。一定の関係のもとでだけ、それは資本になる」と述べています。
ここでいう「一定の関係」とは「一定の生産関係」のことです。すなわち、黒人が扱隷になるのは、奴隷制という社会関係のもとでかれが奴隷主によって所有されることによってであり、そしてこのことによってかれは奴隷として生産に従事するのですから、この社会関係は扱隷制的生産関係であるわけです。

同じように、賃金を払って労働者を雇う人間が紡績機械を所有することによって、紡績機械は資本になるのです。というのは、この人間は、工場や機械や原料を所有しており、更に賃金として支払うべき貨幣を所有していて、自分の肉体に備わっている労働力以外にはなにも所有しておらず、他人の所有する機械や原料を使わないでは生産活動をおこなうことのできない他の人間を雇うことによって、みずからは資本家となり、雇われる人間を賃金労働者にするのであり、同時に紡績機械を資本にするのだからです。

こうして資本家が賃金労働者を雇って生産活動をさせるという資本主義的生産関係が形成されます。
「資本」というとなにか物のことだと考える人があるので、そうではない。物(例えば、紡績機械)はそれだけではただの物であって、資本ではない、そうではなくて、資本とは「ひとつの社会的生産関係」であり、この関係に入ることによって人間は資本家または賃金労働者になるのであり、紡績機械とか原料とかはこの関係のなかではじめて資本になるのだ、とマルクスは説明しているのです。

以上によって見れば、生産関係は所有関係を含んでいます。いやむしろ、所有関係とは生産関係の法律的表現にすぎないのです。そして、生産手段を所有する人間とこれを所有しない人間とがいて、後者は前者が所有する生産手段を使用しなければ生産活動ができない場合には、そこで成立する生産関係は必然的に支配=被支配の関係になりますし、生産手段が社会的に所有されている場合には、そこで成立する生産関係は、人びとの平等な相互協力の関係にならざるをえません。

このようにみてくると、生産関係は階級と極めて密接な関係があることが分ります。すなわち、前回に述べた『偉大な創意』におけるレーニンの階級の規定で、レーニンが「歴史的に規定された社会的生産の体制」といっているのが「生産関係」のことであり、ある社会がどのような階級を含むか、例えば奴隷主の階級と奴隷の階級とか、資本家階級と労働者階級とを含むか、あるいはまたその社会がまったく階級の区別を持たないかということが、生産関係の如何によって決まる、ということが分かってくるのです。

しかもまた、ある社会がそのうちに階級の区別を持つか持たないか、持つ場合にはどのような階級の区別を持つかということは、その社会の性格を決定します。
だからマルクスは、さきに『貸労働と資本』から引用した文章のなかで、「全体としての生産関係は、社会的関係、社会と呼ばれるものを、しかも一定の歴史的発展段階にある社会、独特で特色のある性格をもった社会を、形づくる。古代社会、封建社会、ブルジョア社会は、そういう生産関係の全体であり、同時にそれぞれ、人類史上の特別の発展段階を表している」と述べたのです。

さて、このように生産関係がどのようであるかによって「一定の歴史的発展段階にある社会」の性格が決定される訳ですから、生産関係が同一であれば、その社会では、本質的には同一の経済的過程がくり返され、従って基本的には同一の経済法則がその社会で支配していることがみいだされるのです(「本質的には同一」ということは、なにからなにまですっかり同じ、ということではありません。
あとの回にまた述べますが、同じ生産関係、たえば封建的生産関係のもとでも、農民に対する封建領主の支配形態とか、農業経営の形態などには、地域による違いや、時代による変化・発展があります。このことを無視して、封建的生産関係といえば、なにからなにまで同じだというような理解におちいれば、それは史的唯物論を公式主義的に理解したのであり、たちのよくない間違いです。
―― ―― しかし、上述のように封建領主の支配形態や農業経営の形態にさまざまな違いがあるとはいえ、一方に大土地所有者が、他方に土地という重要な生産手段を持たない多数の農民がいて、前者がその土地所有をテコにして後者を支配し、搾取するという基本的な事柄は、封建的生産関係の一貫して変わらない特徴です。
そしてこの基本的特徴に注目する限り、封建的生産関係のもとでは本質的には同一の経済過程がくり返されている、といえるのです。
このことは、封建制以外の生産関係についても同様です)。

けれども、生産関係が変われば、前の生産関係のもとでとはことなった経済的過程が行われるようになり、そしてこの新しい生産関係が続く限り、その生産関係に特有の、本質的には同一の経済的過程がくり返しておこなわれ、そこでは(前の生産関係のもとで支配していたのとは違った)経済法則が支配するようになることが認められます。
こうして、社会の歴史の全体が生産関係の交代を通じて発展するものとして捉えられると同時に、それぞれの生産関係のもとではそれに特有の経済法則が支配していることが認められ、経済学は本当の意味での社会科学になることができたのです。
実際にマルクスは『資本論』で、さきに述べたケネー、スミス、リカードとは違って、「近代社会(資本主義社会)の経済的運動法則を明らかにすること」をその著作の最終目的としていると「第一版の序文」ではっきりと言明したのでした。
―― ―― さきに1 で「生産関係」というカテゴリーが本当の意味での社会科学を成立させる要になった重要なカテゴリーであるといった意味が、これで明らかになったと思います。

3、生産関係は生産力が変化するにつれて変化する

さて、以上に述べたように、社会の歴史の全体は生産関係の交代を通じて発展する、とマルクスは考えている訳ですが、それでは、生産関係はどうして変化し、交代するのでしょぅか。
この問題について『貸労働と資本』からさきに引用した文章では、生産関係は「生産手段の性格の如何に応じて、違ったものとなる」と、また「物質的生産手投、生産力が変化し発展するにつれて、変化し変動する」と述べられていました。
ここで注意しておかなければならないことは、「物質的生産手段、生産力が変化し発展するにつれて」と述べられているので、ちょっとみると、「物質的生産手段」が「生産力」といいかえられているかのように、つまり両者は同義語であるかのようにみえるのですが、実は、そうではないということです。

「物質的生産手段」とは、簡単に「生産手段」と言い表すことが多いのですが、労働対象(例えば、土地、農業用の植物、工業用の原料など)と、労働手段(=生産用具)とを合わせていう場合に用いられることばです。
これに対して「生産力」とは、生産活動において人間が自然に対して働き掛けるにあたって発揮する能動的な力のことです。
確かに、この能動的な力は、生産用具が発達すればするほど大きくなります。この点で、生産用具の発達と生産力の発展とは密接な関係があるのですが、またそれだからこそマルクスは「物質的生産手段」と「生産力」という二つのことばを、あたかも同義語であるかのように並べているのですが、しかしだからといって、この二つのことばをまったく同義語だとみなすことはできません。

生産用具だけが発達しても、これを用いて生産活動を実際に行う人間が存在しなかったり、あるいはその生産用具を使いこなす人間の労働の熟練が伴わなかったりすれば、発達した生産用具も、生産活動において人間が自然に働きかけるにあたって発揮する能動的な力になることができない、ということを考えてみれば、「生産手段」と「生産力」とを同一視することができない、ということは誰にもわかると思います。

しかし、生産力の発展は、なによりもまず労働手段(=生産用具)の発展として現われるので、マルクスはしばしば、労働手段がなんであるかということによって、生産力の発展水準を代表させるようなことばづかいをしています。
例えば『資本論』の第一巻、第三編第五章第一節では、「遺骨の構造が死滅した動物種族の体制の認識に対して持つのと同じ重要さを、労働手段の遺物は、死滅した経済的社会構成体の判淀に対して持つのである。
なにがつくられるかではなく、どのようにして、どんな労働手段でつくられるかが、種々の経済的時代を区別するのである」と述べていますが、この表現も、「どんな労働手段でつくられるか」ということで、生産力の発展水準を代表させたものと考えられます。
―― ―― 『賃労働と資本』のなかのさきの文章では、生産用具(=労働手段)だけでなく労働対象をもふくむ「生産手段」ということばが「生産力」とならべて使われているのですが、やはり「生産手段」で「生産力」の発展水準を代表させたものと考えてよいと思います。

では、厳密にいえば、生産力はどのような横成要素から成り立っているのでしょうか。これは少しやっかいな問題で、こまかい議論をする必要がありますから、この問題について考えることは次回にゆずります。

さてそこで、生産関係はどうして変化し、交代するのか、という問題に戻りましょう。
『賃労働と資本』でいわれていることは、生産力が変化し発展するならば、それに伴って生産関係も変化せざるをえない、ということです。
これは、まず生産力と生産関係との関係をもっとも大づかみに、基本的な点に関して述べたものとして、理解すべきです。 ―― ―― この場合に限らず、ものごとを理解するには、いきなり枝葉のこまかいことに頭をつっこむのではなべて、幹になる基本的なことをまず理解することが必要です。
いまの場合にも、生産力が発展してその水準が高くなるならば、もはやそれまでの生産関係はこの高い水準にまで発展した生産力に相応しくないものとなり、生産関係そのものが変化せざるをえなくなるのだという、基本的なことをまず理解しましょう。

マルクスが『哲学の貧困』(1847年)で「手回し挽臼は諸君に、封建領主を支配者とする社会を与え、蒸気挽臼は諸君に、産業資本家を支配者とする社会を与えるであろう」と述べたのも、同様に、手回し挽き臼に代表されるような生産力の水準から蒸気挽き臼に代表されるような生産力の水準へと生産力が発展すれば、それにともなって、封建的生産関係は資本主義的生産関係へと変化せざるをえないという、生産力と生産関係との関連についての基本的な事柄を述べたものです。

しかし、基本的な事柄を理解したならば、更に進んで、もっと細かいことを具体的に理解することに努めなければなりません。
いまの場合にも、例えば封建制的生産関係のなかで生産力の水準が発展しても、それによって封建領主の支配形態が変化するだけで、生産関係そのものは変化しない場合もあるので、歴史の発展を具体的に考えようとすれば、どのような生産力の発展が生産関係の変化をもたらし、またどのような生産力の発展は生産関係を変化させるにいたらず、同じ生産関係のもとでの支配形態の変化とか、経営形態の変化とかをもたらすにとどまるのか、という問題を更に細かく吟味することが必要になります。
だが今回は、上述の基本的な事柄を理解するにとどめて、細かい吟味は回数が進むにつれてだんだんと展開して述べることにします。

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