No- 4 古典から学ぼう

今回は書き方を変えます。第一回から第三回までに主として私の言葉で述べたことに関係のある個所を、まず、マルクス主義の古典的著作から引用し、それに若干の開設を加えます。こうして直接に古典から学ぶことによって、不正確に覚えたことを正確に理解しなおす努力をしてください。

    

 

1、哲学の根本問題

―― 唯物論と観念論 ――

一切の哲学の、特に近代の哲学の、大きな根本問題は、思考と存在との関係如何の問題である………(中略)………
この問題は、かれかこれかのどちらかに答えられたが、そのどちらに答えたかに応じて、哲学者たちは、二大陣営に分裂した。自然に対して精神が根源的であると主張した人々、したがって結局、ある何らかの仕方の世界創造を認めた人々は、 ――  そして、この創造は、哲学者たちの場合、例えばヘーゲルの場合などでは、往々にして、キリスト教においてよりもさらにはるかに奇妙であり、荒唐無稽であるが、 ――  この人々は、観念論の陣営を形成した。他の人々、すなわち自然を根源的なものとみた人々は、唯物論の種々の学派に属する。
エンゲルス『フォイエルバッハ論』

〔解説〕ここでエンゲルスは、「思考と存在」という言葉と、後半では「自然」と「精神」という言葉を使っています。マルクス主義哲学だけでなく、その他のいろいろの学派の哲学を念頭においているので、いろいろな表現を使っているのです。
レーニンは『唯物論と経験批判論』の第六章第四節で、同じ問題について論じながら、「自然、物質、物理的なもの、外界」と「意識、精神、感覚(現代に普及している述語によれば、経験)、心理的なもの、等など」と言うように、多くの言葉を列挙しています。これは、さまざまな観念論哲学の学派が新しい言葉を用いて何か新しいことを主張しているかのような外観を装うので、そういうやり方にごまかされないように、注意を与えているのです。これらの言葉のあいだの小さな意味の違いは、ここでは全くどうでもよいことです。
重要なことは、「物質、自然、存在」というような言葉で言い表されているものと、「意識、観念、精神、思考」というような言葉で言い表されているものとの、根本的な対立に注目することです。これら二つのものの対立の中で、どちらが根源的なもの(もとのもの)であり、どちらが派生的なもの(他方から出てきたもの)であると認めるのか  ――  これが哲学の根本問題です。そして、この問題にどう答えるかによって唯物論と観念論とが別れるのです。

エンゲルスは、哲学の根本問題をはっきり規定し、唯物論と観念論との区別を明確に述べています。だがそれは、いきなり「思考」とか「存在」とかいうような抽象的な言葉で述べられています。哲学ではこういう抽象的な言葉で議論されることが多いのですが、これから初めて哲学を学ぼうとする人が、いきなりこういう議論に接すると、何故こんなっことを議論するのだろうか、それこそ暇つぶしではなかろうか、という疑問を持ちやすいのです。実際に、こういう抽象的な議論が出てくる背景には、つまり哲学という学問上の議論が生まれてくる前に、その社会的根拠として、階級社会における肉体労働と精神労働との分離という事実がある訳で、そちらの方から話を始めた方が、初めて哲学を学ぶ人にはとっつき易いし、自分の問題として考えることが出来るだろう、と思いました。
それで第二回には、そういう角度から話を始めて、唯物論と観念論との違いを説明しました。
抽象的な言葉に少し慣れてきたと思いますから、前記のエンゲルスの明快な規定と第二回における私の説明とをもう一度読み比べて、唯物論と観念論との違いをはっきり理解し、また、なぜこう言う問題が世界観の問題として重要なのか、自分で良く考えてみてください。

2、霊魂不滅の思想と宗教の起源

ずっと古い時代から、 ――  その頃、人間は、いまだ自分自らの身体の構造について全く未知であり、そしてその夢に現れるものごとに動かされて、彼らの思考や感覚をば彼ら自らの身体の働きではなくて、この身体に住んでいて、その死に際してこの身体を見捨てて去りゆく、ある特別な、霊魂というものの働きである、と考えるようになったのであるが、 ――  こうした古い時代から人類は、このような霊魂の外部の世界に対する関係について、いろいろな考え事をしたに相違ない。若しこの霊魂が、人間の死に際してその肉体から離れてなお生きながらえるものだとすれば、この霊魂に、なお一つの特別な死があろうなどと考えだされられるような、どんな機会も有ろう筈はなかった。
こうして霊魂の不死という観念が生まれたのであるが、この霊魂の不死は、未だこの発展段階では決して慰めとは思われないで、かえって人の逆らい得ない運命と思われ、のみならずしばしば、ギリシャ人において見られるように、積極的な不幸とも思われていた。
なお一般に、人々が個体霊魂の不死と言う退屈な想像を持つようになったのも、宗教的な慰めの欲求からではなくて、同じく一般的な蒙昧の為に、霊魂と言うものを認めはしたものの、この霊魂を、その肉体の死後どう始末したらよいものかと迷いまどうた結果である。これと全く似よりの道筋で、自然的諸力の擬人化によって、最初の神々が出来た。そして、この神々は更に諸々の宗教の成立してゆくうちに、次第に超世界的な姿をとり、ついには、人間の精神の発達するにつれて自然的に現れてくる抽象的作用の過程を通じて、多数の、それぞれは多かれ少なかれ制約され、かつ相互に制約し合っている神々から、一神教的宗教の唯一の神と言う考えが、人間の頭脳に生じたのである。
エンゲルス『フォイエルバッハ論』

〔解説〕第二回の終わり近くで私は、宗教の起源の問題を簡単に述べました。しかしそこでは、原始人のあいだに山の神、風の神、水の神などと言う幻想 的な観念が生まれるようになった理由を説明しただけで、もう一つの宗教的観念である「霊魂の不死」については述べる紙数がありませんでした。エンゲルスは ここで、それを詳しく説明してくれています。
ギリシャ人の場合について言っていることは、紀元前八世紀ごろのものと思われるホメロスの叙事詩の中に、黄泉の国(ギリシャ語では、ハデス)において死んだ人たちの霊魂が何千年もの間、何一つすることもなく、何の楽しみもなく、影のように暮らしている情景が描かれているのを、念頭においていたものと思いま す。

最後の数行で、多神教から一神教への移り行きを説明している言葉は、ちょっと分かりにくいかも知れません。例えばエジプトの宗教では、 神の姿がワシやタカのような鋭い口ばしを持ったり、ライオンの爪を持ったりするものとして、つまり、動物的に描かれています。未だ原始宗教に近く、神とは 恐ろしいものだったのです。
ギリシャの宗教では、神は人間の姿、それも美男や美女の姿で描かれており、その能力が人間より優れているけれども、互いに争ったり、嫉妬したりする、人間臭い神々です。
エジプトの宗教では太陽の神が、ギリシャの宗教では雷の神であるゼウスが、それぞれ最高神とされていますが、他にも多数の神々がいるので、最高神と言ってもその力は絶対ではなく、制限されざるを得ません。
エンゲルスが述べていることは、宗教の発達の過程で、神々からこのような動物的または人間的な面がだんだんと取り去られてゆき、その力が絶対化されると同時に一つの神に集中されて行って、唯一の神と言う考えが生まれるようになった、ということです。
神々から動物的、人間的その他の要素がだんだん取り去られてゆく過程を、蒸留作用とでも言いたいようなものだと言って説明しているのです。蒸留の結果、最後に残ったものが唯一の神と言う考えだ、と言う訳です。

    

 

3、弁証法的な考え方と形而上学的な考え方

わ れわれが自然、人間の歴史、ないしはわれわれ自身の精神活動を考察する場合に、まず第一にわれわれの前に現れるのは、諸々の連関と相互作用が限りなく絡み 合った姿である。この絡み合いの中ではどんなものも、元のままのものではなく、元のままのところ、元のままの状態に留まっていないで、すべてのものが運動 し、変化し、生成し、消滅している。従ってわれわれがまず見るのは全体の姿であって、その中ではここの事物は未だ多かれ少なかれ後方に引っ込んでいる。わ れわれは、運動し、移行し、連関しているものよりも、むしろ運動、移行、連関により多くの注意を向けているのである。この原始的な、素朴ではあるが、事柄 の本質上正しい世界観が、古代ギリシャ哲学の世界観であり、これはヘラクレイトスによって最初にハッキリと表明された。すなわち、万物は存在し、また存在 しない。なぜなら、万物は流動しており、不断に変化し不断に生成と消滅のうちにあるからである、と。しかしながらこの見方は諸現象の全体の姿の一般的な性 格を正しくとらえているとは言うものの、この全体の姿を構成している個々の事物を説明するには不十分である。そしてわれわれが個々の事物を知らない限り、 全体の姿もわれわれにとって明らかではないのである。これらの個々の事物を認識するためには、それらをその自然的または歴史的な連関から取り出して、それ ぞれ独立に、それらの性状、それらの特殊な原因や結果などに従って、それらを研究しなければならない。
このことがさしあたり、自然科学と歴史研究との任務である。………(中略)……精密な自然研究は、ようやくアレクサンドリア時代のギリシャ人のもとで始め られ、後に中世にアラブ人たちによって、さらに発展させられたのである。とはいえ、本当の自然科学はやっと15世紀の後半に始まるのであって、その時以来 それは加速度的に進歩して来たのである。自然をその個々の部分に分解すること、さまざまな自然過程や自然対象を一定の部類に分けること、生物体の内部をそ のさまざまな解剖学的形態について研究すること、これが最近の400年に自然を認識する上でなされた巨大な進歩の条件であった。
しかし同時に、この研究方法は、自然物や自然過程を個々バラバラにして、大きな全体的連関の外でとらえるという習慣、したがって、それらを運動しているも のとしてではなく静止しているものとして、本質的に変化するものとしてではなく固定不変のものとして、生きているものとしてではなく死んだものとして捉え るという習慣をわれわれに残した。そしてベーコンやロックによって行われたように、この考え方が自然科学から哲学に移された為に、それは最近の数世紀に特有な偏狭さ、すなわち形而上学的な考え方を作り出したのである。………(中略)……形而上学的な考え方は、個々のものに捉われてそれらの連関を忘れ、それ らの存在に捉われてそれらの生成と消滅を忘れ、それらの静止に捉われてそれらの運動を忘れるからであり、ただ木を見て森を見ないからである。
エンゲルス『空想から科学へ』

〔j解説〕この文章は大変わかりやすいので、第三回に私が述べたことと比較して読んで下されば、あまり解説はいらないと思います。ただ、ここに出てくる哲学者について、簡単に述べておきましょう。

ヘラクレイトス(紀元前536-470頃)  ――  小アジアの地中海に面した海岸に有ったエフェソスと言うギリシャ人の植民地都市で活躍したギリシャの哲学者。
万物の元のものは火であり、一切のものはこの火が変化したものだと説きました。火は非常に変化しやすいものなので、万物もしたがって不断の流動、変化のうちに有る、と主張しました。「川は同じだが、その中に入るものには、後から後から違った水が流れ寄ってくる」「同じ川に二度入ることは出来ない」などと言うのが、彼のことばとして伝えられています。

フランシス・ベーコン(1561-1626)  ――  近世初期のイギリスの哲学者で、イギリス経験論の祖と呼ばれています。中世的、神学的な考え方に反対し、経験によって得られる個別的知識から出発して、一般的命題の確立へと進む帰納法を強調しました。

ジョン・ロック(1632-1704)  ――  名誉革命の時代のイギリスの哲学者。
人間の心は、何も字の書いてない白い紙のようなもので、経験を通してこれに観念と言う文字が書き込まれるのである、と言うように説いて、観念の起源を経験的に説明しました。

4、18世紀の唯物論の狭さ

この唯物論に特殊な、いま一つの狭隘性は、世界を一つの過程として、すなわち歴史的発展をなし続けてゆく一つの素材として把握し得なかったところにある。このことは、その当時の自然科学の状態及びこれと関連した形而上学的な、言いかえれば反弁証法的な、哲学の仕方に照応するものであった。自然は永遠の運動をしているものである、 ――  と言うことは、既に人々の知るところであった。けれどもこの運動は、当時の人々の考えでは、同じく永遠では有るが円環的な運動であって、それ故に一歩も進まず、常に反復して同じ結果を生み出すのみであった。このような考えは、その当時としては、止むを得なかった。太陽系の発生に関するカントの理論(星雲説のこと)は、たった今提起されたばかりで、なおいまだ、単なる奇説として通っていたに過ぎない。地球の発達の歴史、すなわち地質学は、いまだ全然知られていなかった。そしてまた、今日では生命を持っている自然物も、実は単純なものから複雑なものへと進む一連の長い発展の成果である、と言う考えは、当時では、科学的には一般になお提起さえされ得なかった。それ故に、彼らが自然を非歴史的に把握したのも又止むを得なかった。………(中略)……これと同様の非歴史的は把握が、歴史の領域においても行われていた。ここでは中世の遺物に対する闘争が、彼らの視野を狭隘なものにしていた。
中世と言うのは彼らにとっては一千年にわたる全般的な野蛮状態によってただ訳もなく歴史が中断されていることに他ならなかった。中世におけるいくつかの大きな進歩、 ――  ヨーロッパ文化圏の拡大、そこに活力のある大民族が相並んで興起したこと、更に最後に、14世紀から15世紀にかけての技術の非常な進歩、 ――  これらすべてを、彼らは顧みなかった。これが為、大きな歴史的関連に合理的な洞察を向けることが不可能にされて、歴史は、せいぜい実例と図解との寄せ集めとして、哲学者たちに役立っただけである。
エンゲルス『フォイエルバッハ論』

〔解説〕これは、18世紀のフランスの唯物論が持っていた欠点についてエンゲルスが述べているところです。3の『空想から科学へ』から引用した文章からも分かるように、形而上学的な考え方は、主として当時の自然科学から哲学に持ち込まれたものです。それは、この当時或る程度完成されていた科学は力学だけであり、ここで言っているように、生物学や地質学が未だ発達しておらず、化学も未だ燃焼と言う現象を説明するのに間違った燃素説(物が燃えるのは、物の中に含まれている燃素と言う元素が逃げてゆくのだ、と言う説)をとっていた、と言う状態だったからです。動物や人間を一種の機械だとみなす哲学説が現れたのも、当時の自然科学の発展段階からみれば、止むを得ないことだったのです。

後半は第三回に、18世紀の唯物論がなぜ歴史を唯物論的に理解することが出来なかったか、と言う理由を述べたところと読み比べて、発展の見地に立つことの重要性をもう一度考えてみて下さい。

5、人間とその環境

人間は環境と教育との所産であり、したがってその環境が変わり教育が変われば人間も変わる、と言う唯物論的学説は、環境そのものがまさに人間によって変えられるということを、そして教育者自身が教育されねばならないと言うことを忘れている。だから、この学説は、必然的に社会を二つの部分に分けることになり、そのうちの一つが社会の上に超然としているということになる(例えばロバート・オーウェンの場合など)。
環境の変化と人間的活動の変化との合致は、ただ変革的実践としてのみとらえられ、合理的に理解され得る。
マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ」の3

〔解説〕 このテーゼの初めに言っている唯物論的学説とは、18世紀のフランス唯物論たちの学説です。第三回に、この一面的な見解を克服して、世界における人間の役割を積極的、肯定的に捉えたことが、マルクスとエンゲルスの新しい世界観の形成にとってどんなに重要であったかを述べましたが、そこと読み比べることによって、この短いテーゼの持っている深い言いを味わってください。なお、ここで教育と言っているのは学校教育と言う狭い意味ではなく、社会が人間に与える影響と言う広い意味での教育です。
「社会を二つの部分に分ける」と言うのは、環境を変える力を持つ少数の識者(教育者)と受動的な大衆との二つに分ける、と言う意味です。だがこの少数の識者も、悪い社会的環境の中にいる筈なので、彼らだけが「社会の上に超然としている」と言うことはあり得ない筈です。テーゼはその点を批判して、大衆をも含めて全人間を変革的実践の主体として掴む必要性を指摘しているのです。

6、ヘーゲルの弁証法的と弁証的唯物論

世界全体とその発展、人類の発展、そしてまた人間の頭の中でのこの発展の映像を正確に表すことは、ただ弁証法的な道によってのみ、すなわち、生成と消滅、前進的または後退的変化の全般的交互作用に絶えず注目することによってのみ、達成できるのである。そして近代のドイツ哲学も又、この精神を持って直ちに立ち現れた。………(中略)……この近代のドイツ哲学はヘーゲルの体系によってその完結に到達した。この体系の中で初めて  ――  そしてこのことがこの体系の大きな功績なのであるが  ――  自然的・歴史的・精神的世界の全体が一つの過程として、すなわち、不断に運動し、変化し、改造され、発展するものとして把握され、叙述されたのであり、またこの運動や発展のうちに有る内的連関を指示しようという試みがなされたのである。 ………(中略)……〔だが〕ヘーゲルは観念論者であった。
エンゲルス『空想から科学へ』

ヘーゲル哲学からの分離は、この場合も又、唯物論の立場に復帰することによってもたらされた。………(中略)……〔だが〕ヘーゲルは簡単に脇に片付けるわけにはゆかなかった。かえって反対に、われわれこの派のもの(マルクスとエンゲルス)は、さきにわれわれが述べたヘーゲルの革命的な側面に、すなわち弁証法的方法に結びついた。しかし、この方法は、そのヘーゲル形式そのままでは使用に耐えなかった。………(中略)……ヘーゲルにあっては、自然及び歴史の中に現れる弁証法的発展は、すなわち、あらゆるジグザグな運動や一時的の後退などを通じてなされるところの低いものから高いものへの前進の、因果的連関は、永遠よりこの型、どこでか知らないが、しかしとにかくいずれの思考する人間の頭脳からも独立に行われているところの、概念の自己運動の模写版たるに過ぎないのである。
このような観念学(イデオロギー)的な逆立ちは除去されなければならなかった。われわれは、現実の事物を絶対概念のあれこれの段階の模造と解する代わりに、逆に、われわれの頭脳の中の概念を、再び唯物論的に、現実の事物の模造として把握した。これによって弁証法は、運動の  ――  外部の世界の運動でもあり、人間の思考の運動でもあるところの一つの運動  ――  一般的法則に関する学にまで還元されたのである。
エンゲルス『フォイエルバッハ論』

〔解説〕 ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリッヒ・ヘーゲル(1770-1831)  ――  ドイツ観念論哲学を完成した哲学者。

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