No- 4 階級を階級闘争の主体として捉える事

    

 

1、何をマルクスの規範から学ぶか

前回はどのように政治闘争を階級的に分析するのかと言うことをマルクスの模範から具体的に学ぶ為に、『フランスにおける階級闘争』と『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』と言うマルクスの二つの著書に基づいて、マルクスがフランスの二月革命の歴史をどのように階級的に分析しているかを述べました。
しかしページ数の関係で、マルクスが述べていることの紹介で殆ど終わってしまい、そこから何をどのように学べば良いのかを、殆ど述べることが出来ないままで終わってしまいました。今回は前回に紹介したマルクスの叙述を念頭に置きながら、マルクスからどのように学ぶべきか、またどのように学んではならないかについて、まず考えることにしましょう。

この講座の第一回にも既に指摘したことですが、真理は常に具体的で有ります。何よりも先ず学んで欲しいことは、マルクスが二月革命の歴史を非常に具体的に捉えていることです。例えばブルジョアジーの一分派が支配していた7月王政に対する産業ブルジョアジーからプロレタリアートに至るまでの諸階級の不満が非常に高まっていたのですから、二月革命は起こるべくして起こったと言えます。
しかしマルクスはそのことを言うだけでなく、「二つの経済的な世界的事件」を指摘することによって、なぜこの革命が1848年に起こったかと言うことを説明しています。前に書いた弁証法的唯物論の入門講座を読んだ人は、「必然性は偶然性を媒介として発現する」と言うことをそこで説明したことを覚えておられると思いますが、金融貴族と言うブルジョアジーの一分派に対するその他の諸階級の連合勢力の対立・抗争の激化が革命を引き起こすと言う必然性が、二つの経済的な世界史的事件と言う偶然性を媒介として発現したのであって、マルクスの叙述はこの偶然性の契機を指摘していることによって極めて具体的になっているのです。

又7月王政のもとでは選挙権が少数の者に限られていたので、選挙制度を改正せよと言う要求が強く行われており、二月革命後に成立した臨時政府の直接普通選挙が行われたのでした。これが人民の民主的権利の前進で有ったことは確かですが、しかしその成果は武装蜂起して共和制を闘いとったパリのプロレタリアートの期待を満たすものではなく、ブルジョア秩序の政治的再建をもたらしたに過ぎませんでした。
なぜそうなったのかという理由を、マルクスはプロレタリアート、農民、小ブルジョアの三階級の状態を分析することによって、極めて具体的に示しています。

農民の政治意識が遅れていたからだとか、小ブルジョアが二月革命の戦友であるプロレタリアートを裏切ったからだと言うような、一般的な言い方で片づけないで、農民についても小ブルジョアについても、どうして彼らがブルジョア秩序の再建に手を貸すことになったかを、具体的に示しています。
我々が先ず学ぶべきことは、このように具体的に歴史的事実、諸階級の状態を捉えることです。

更にマルクスは前述のように当時のフランスの農民の状態を具体的に分析して、商品生産と商品交換が未だ未発展で有ったという条件のもとでは、農民の間にどんな共同関係も全国的な結合も生まれてこないことを指摘し、この限りでは「彼らは階級を作っていない」と述べながら、このような状態がフランスの農民にとっての永続的な状態だとは決して捉えておらず、事態を発展の見地から(つまり弁証法的に)捉えて、「彼らがその前衛闘士であるプロレタリアートに味方せざるを得なくなる」日が来ることを見通しています。
単なる希望や空想ではなく、具体的な事実の分析を通して将来の見通しをはっきりつかみ出すことこそが、マルクスの非凡な点で有って、我々が歴史の捉え方として学びとらなければならない最も大切なことです。

次にどのようにマルクスから学んではならないか、について述べましょう。
例えばマルクスは、ラスパーユがパリの労働者を代表して臨時政府に共和制を宣言することを命令したことを述べるにあたって、バリケードは未だ取り払われていなかったと指摘しています。これはプロレタリアートが共和制の宣言をどのような条件のもとで闘いとったかを具体的に述べる為に指摘されたことです。
だがこの叙述から、マルクスはバリケード戦術をプロレタリアートの革命闘争の不可欠の戦術として評価しているのだと言うような理解をするならば、それは最も正しくない仕方でマルクスから学んだことになります。
既にエンゲルスは『フランスにおける階級闘争』の1895年版への序文で、バリケードによる市街戦が「甚だしく時代遅れ」になったことを指摘し、鉄道や軍隊の武装の発達に言及しています。
それから更に80年ばかり経った今日において、プロレタリアートの革命闘争にとってバリケードが何かの役に立つかどうかは、我々が自分で考えるべき問題で有ります。

又、直接普通選挙が1848年5月に惨めな結果しか生まなかったことの叙述から、直接普通選挙なんかプロレタリアートの闘争に役に立たないと言うことを学んだり、小ブルジョアが国民作業場を憎悪の目で見たということから、小ブルジョアはプロレタリアートの闘いの成果を嫉妬するものだと言うことを学んだりするならば、いずれもマルクスを最も正しくない仕方で学んだのです。
つまり、マルクスの著書に書いてあることを、それがどのような時代の歴史的事実を分析したものであるかと言うことを無視して、固定的な結論として捉え、歴史的条件の変化を考えないで、いきなり現代の日本でもそのまま通用すると考えるならば、むしろマルクスの著書を読まなかった方が良かったと言えましょう。
重ねて言いますがマルクスが彼の同時代の歴史を相互関係をどんなに具体的に分析したかを理解することによって、現代日本の歴史、いま現に行われている政治闘争を階級闘争の見地から分析するやり方を学びとって欲しいのです。

2、マルクスは階級を二面的に規定している

さて、階級闘争について語る以上は、「階級とは何か」と言うことがあらかじめ理解されていなければならない、と考えるのが普通で有りましょう。
たいていの史的唯物論の教科書では、先ず「階級」について述べて、階級とは何であるかの理解を読者に与え、それから「階級闘争」について述べる、と言う順序を取っています。しかし私は、この講座でいきなり階級闘争について述べました。そしてこれから「階級とは何か」について述べようとしています。
なぜそのように叙述の順序を逆にしたかと言いますと、階級闘争について理解することなしには、階級とは何かを理解することが出来ないと考えるからです。

もう一度、マルクスが1848 - 51年の時期におけるフランスの分割地農民について述べている言葉(前回、私が『ブリュメール18日』から引用したもの)を見て下さい。
一寸説明を加えておきますが、フランスでは1789 - 94年のブルジョア民主主義革命によって、それまで封建的地主が所有していた土地が、農民たちに与えられました。こうして、旧領主の土地を分割して与えられ、自分の土地の所有者になった農民のことを、「分化土農民」と言うのです。だから、当時のフランスでは農民の大多数が分割地農民だったのです。さてそこで、この分割地農民についてマルクスは何と言っているでしょうか。

商品生産が未だ未発達で有り、彼らが殆どみな自給自足の生活をしていた、と言うことを述べた後で、これらの分割地農民の置かれている経済的生存諸条件が、彼ら同士の間では一致しており、他の諸階級とは違っているその「限りで、彼らは一つの階級を作っている」とマルクスは書いています。
だが直ぐその後で、彼らの間には単なる局地的な結びつきしかなく、どんな共同関係も、全国的結合も、政治組織も生まれてこない、と言うことを指摘して、その「限りで、彼らは階級を作っていない」とマルクスは書いています。 ―― これはどういうことなのでしょうか。

「.........の限りでは、階級である」しかし、「.........の限りでは、階級では無い」 ―― こういう言い方は、典型的な二面的規定です。甚だ歯切れの悪い言い方に聞こえます。
それでは一体、本当のところは、一口に言えば、分割地農民は階級なのか、それとも階級ではないのか、どっちなんだ、と聞きたくなります。 ―― マルクスはどうしてこんな言い方をしたのでしょうか。

    

 

皆さん、だんだん前に遡って恐縮ですが、今度はここで更に、この講座の第二回に、その終わりの所で『共産党宣言』を引用しながら述べたことを思い出して下さい。『宣言』は、プロレタリアートが経過する発展段階について述べ、そのブルジョアジーに対する闘争の一つの全国的・政治的闘争になる段階について初めて「階級闘争」と言う言葉を使っている、と言うことに注意を促しておきました。
このことを合わせて考えるならば、マルクスが『ブリューメル18日』で分割地農民について「全国的結合も政治組織も生まれてこない」と言っていることは、要するに、分割地農民は未だ階級闘争をやっていないと言うことであり、そして、その限りで彼らは階級を作っていないと言うことは、階級闘争の主体で無いものは未だ階級では無い、と言っているのだ、と言うことが分かるでしょう。 ―― ―― このことが分かるならば一見した時には歯切れが悪いように思えたあの二面的な規定が、実はそうではなく、マルクスは実にきっぱりしたことを言っているのだと言うことが分かります。
すなわちマルクスが言いたいことは、二面的な規定の後の方、即ち、分割地農民は未だ階級では無い、と言うことなのです。

マルクスのこの考えは、決して分割地農民についてだけのものでは有りません。『共産党宣言』の先に言及した個所も、プロレタリアートは階級闘争の主体になった時に初めて階級になった、と言うことを言っているのです。
それは第二回に引用した文章のすぐ次の段落で、「階級への、従って政党へのプロレタリアのこの組織化」と言っていることから分かります。
全国的・政治的闘争の主体になることがすなわち「階級」への組織化で有り、従って未だ階級闘争の主体になっていない時期には、プロレタリアは未だ階級では無いのです。

だがこのようにだけ言うと、では未だ階級で無いならば、それは一体何なのか、と言う疑問が起こります。そこであの二面的な規定が必要になるのです。
マルクスは『哲学の貧困』(1847年、これは『共産党宣言』よりも前に書かれた)で、プロレタリアートについて二面的な規定をしています。
ここでもマルクスはプロレタリアートの発展段階について述べ、ことにイギリスでその全国的組織である「全国労働組合連合協会」が作られたことに言及した後で、「たとえ最初の抵抗目的が賃金の維持に過ぎなかったにしても、次に資本家の方が抑圧と言う思想で結集するにつれて、最初は孤立していた諸団結が集団を形成する。そして、常に結合している資本に対決する時、彼らにとっては組合の維持の方が賃金の維持よりも必要不可欠になる」と指摘し「ひとたびこの程度に達するや否や、組合は政治的性格を帯びるようになる」と述べています。そして次のように書いています。

「経済的諸条件が先ず最初に国民大衆を労働者に転化させたのである。資本の支配は、この大衆にとって、共通な一つの地位を、共通な諸利害関係を作り出した。だからこの大衆は、資本に対しては既に一個の階級である。しかし未だ、大衆それ自体にとっての階級では無い。更に我々がその若干の局面だけを指摘した闘争において、この大衆は自己を相互に結合するようになる。大衆自体にとっての階級に自己を構成するのである。大衆の防衛する利害が階級的利害となる。しかし、階級体階級の闘争は一つの政治闘争である」と。

ここに現れる「資本に対しては既に一個の階級である」、「未だ大衆それ自体にとっての階級では無い」と言う二面的な規定も、前述の分割地農民についての場合と全く同様です。すなわち前者は、プロレタリアが経済的諸条件に関して、客観的に共通の利害関係を持っている、と言うことに関して言われています。だが、経済的諸条件によって客観的には「既に一個の階級」で有っても、まだ全国的・政治的闘争としての階級闘争の主体にはなっていない、そういう段階がプロレタリアートに関しても実際に有ったのです。

―― ―― これに対して、前述のようにプロレタリアートは、全国的組織を形成し、全国的・政治的闘争(取り分けイギリスではチャーティスト運動)の主体になるところまで成長してきました。
このことをマルクスは「大衆自身にとっての階級に自己を構成する」と表現していますが、大衆が大衆自身にとってのもの、すなわち、自分自身に取ってのものになると言うことは、自覚的になると言うことでしょう。
ただ客観的に共通の利害関係を持っているというだけでなく、この共通の利害関係を自覚するようになる時、それは階級意識を持った階級になるわけです。

しかし「階級意識」なるものがどこかから注入されて来る訳では有りません。そんなことは不可能です。前述のように結集した資本家の側からの抑圧に抵抗する中で、労働者の全国的な組織を形成すると言う労働者自身の運動の中で、この運動を通じて、階級的連帯の意識が生まれてくるのであって、この労働者自身の闘争を通じての発展を、マルクスは「階級に自己を構成する」と表現したのです。
従って階級意識を持った階級になると言うことと、階級闘争の主体になると言うこととは同一の歴史的過程の二つの表現に他ならないのであり、『哲学の貧困』におけるこの二面的規定においても又、マルクスが言いたかったことは後の規定に有った、と言うことが理解されるのです。

このようにして、以上みて来たことから分かるように、マルクスは本当の意味での階級を階級闘争の主体として捉えているのであり、その場合、経済的条件によって多数の人々の間に共通の利害関係が作り出されているということは、彼らが階級へと「自己を構成する」為の前提条件に過ぎないでしょう。
勿論、この前提条件が客観的に存在しないならば、階級への自己構成はあり得ない訳であり、従ってこの前提条件が重要であることは言うまでも有りませんが、しかしそれだけでは、先にフランスの分割地農民の例にみたように、歴史を作る主体には未だなっていないのであって、歴史を階級闘争の歴史と捉えるマルクス主義者にとっては「階級とは何か」と言うことは、マルクスが示しているように、階級闘争の主体であると捉えることこそが本筋です。

このような訳で私は、通常の史的唯物論の叙述とは反対に、階級闘争から階級へと叙述を進めたのであって、そうでなければ階級を正しく理解することはできないと考えるのです。

3、階級とは闘争と発展の中で形作られる概念である

私は2で、もっぱら、マルクスが階級をどのように捉えているか、と言うことを検討しました。ではレーニンはどうでしょうか。次にこれを調べてみようと思います。

レーニンは1899年に書いた『我々の当面の任務』で既に、「だが階級闘争とは何か?」と自ら問題を提起して、次のように述べています。 ―― ―― 「個々の工場、個々の職種の労働者が自分の一雇主もしくは自分の雇主達と闘争を始めるなら、それは階級闘争であろうか?いや、それは階級闘争の弱い萌芽に過ぎない。全国にわたる全労働者階級の全ての先進的な代表者が、単一の労働者階級であることを自覚し、個々の雇主に対してではなく、資本家階級全体に対し、又この階級を支持する政府に対して、闘争を開始するときに初めて、労働者の闘争は階級闘争になる。個々の労働者が全労働者階級の一員であることを自覚する時、又、個々の雇主や個々の役人に対するその日常の小さな闘争を、ブルジョアジー全体と政府全体とに対する闘争と考えるようになる時、その時に初めて彼の闘争は階級闘争となる」と。
レーニンはこのように述べた後で、「一切の階級闘争は政治闘争である」と言う『共産党宣言』の言葉を、「資本家に対する労働者の闘争は、それが階級闘争となるのに応じて、必然的に政治闘争となる」と言う意味に理解しなければならない、と指摘しています。

ここでレーニンが、我々が『共産党宣言』に基づいて理解してきたのと同じ意味に階級闘争を捉えていることは、明らかだと思います。
レーニンの述べ方の特徴は、「自覚する」と言う意識の面を指摘していることです。先の引用文を素直に読めば誤解は起こらないと思いますが、「個々の労働者が全労働者階級の一員であることを自覚する時」から始まっている一文を、これだけ切り離して解釈すると「自覚する」、「考えるようになる」と言う意識的な要素が有れば、それが個々の労働者の闘争を階級闘争にするのだ、と言うように、階級闘争で有るか無いかが階級意識の有無のみによって決まるかのような解釈がされる恐れが有ります。
しかしレーニンは前述のように、「資本家階級全体」に、又従ってそれを「支持する政府」に対する闘争が開始されると言うことをその前に言っているのであり、この闘争の開始にあたっての、労働者階級の「先進的な代表者」の自覚と、個々の雇主や役人に対する「日常の小さな闘争」を「ブルジョアジー全体と政府全体」とに対する闘争と考える個々の労働者の自覚とは、区別されています。
後者の自覚は、全体に対する闘争が行われ始めた、すなわち階級闘争が現実に進行しているという実在的な条件のもとで、自分のやっている日常の小さな闘争も又その一環であるという自覚として生まれるのであって、この実在的な条件に先だってプロレタリアの全体(又は大多数)が階級意識を持つようになるなどとは、レーニンは決して考えていません。

レーニンは更に、『階級闘争の自由主義的概念とマルクス主義的概念について』(1913年)では「政治の為のもっと高度な、発展した、全国民的な階級闘争を見ようとしないで、1ルーブリにつき5コペイカの為の闘争を『階級闘争』とみなしていた」「経済主義者」を批判した後で、こう述べています。 ―― ―― 「更に、階級闘争はそれが政治の分野を捉えるとき初めて本当の、首尾一貫した発展したものとなると言うだけでは未だ足りない。政治においても、瑣末な部分的なものだけに限ることもできれば、一層深く突き進み、基本的なものに達することもできる。マルクス主義は、階級闘争が政治を捉えるだけでなく、又政治において、最も本質的なもの、すなわち国家権力の構造を取り上げる場合に、初めてこの階級闘争を完全に発展した『全国民的な』階級闘争とみなす」と。

以上に述べたことで、レーニンが階級闘争をどう捉えたかは明瞭になったと思いますが、それでは彼は階級をどう捉えていたのでしょうか。
十月社会主義革命後の1920年に「労働組合第三回全ロシア大会」で行った演説でレーニンは「労働組合は、新しい階級を発展させる手段として資本主義の中から生まれた。階級とは闘争と発展の中で形作られる概念である」と語りました。
ここでレーニンは、プロレタリアートの団結が段階的に発展したこと、その統合が職場別、職業別に行われた時期が有ったが、その当時にはそれ以外の仕方では団結できなかったのだから、「当時としては進歩的な現象であった」と述べて、プロレタリアートが「一挙に階級に団結できた」と考える見解を批判しています。

このようにレーニンはプロレタリアートの団結が発展する歴史的過程を重視しているのですが、しかし、それがいつ階級になったかと言う点に関しては、全国的・政治的闘争としての階級闘争の主体になり得た時にプロレタリアートは「階級」に転化した、と言う見解を明らかにしています。
―― ―― さて、以上に述べたことだけから言えばレーニンの階級の把握は、二でマルクスについて述べたものと全く同じだと言えましょう。
だがレーニンには、彼が『偉大な相違』で与えている階級の規定が有って、これがしばしば引き合いに出されます。この規定について、引き続き次回に述べます。

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