群れから社会へ

    

生物学的ヒトから、社会的存在としての人間

「生物学的近縁度」と「高度な知性・文明」、二つの側面の橋渡しを理解するカギは、結論から先に言うと「社会的存在」としての人間理解です。
人間はチンパンジー等と遺伝子を99%共有する「裸のサル」ですが、3万年~6万年前と言われる「行動の現代性」以降、知能の面でも進化している訳では有りません。
進化しているのは「人間社会」です。

「生物学的ヒト」と、それが作る「人間社会」。それが、人間の本質理解のカギですが、これは若干の説明が必要だと考えます。くどくなりますが悪しからず。

 

動物の群れと人間社会

最初に動物の群れとの比較で、人間社会の質的な違いを検証してゆきます。
「社会性動物」などの言葉もあって、この点でも動物の群れと人間社会との差異、質的な違いを見いだせず、一部議論に混乱が見られます。

動物の群れ

動物の群れは、群れを作るかどうかを含め、その種の遺伝情報に密着したものです。
そして「種」とは、E.W.マイヤ(1940~1969)による生物学的種概念として「相互に交配しつつ、かつ他のそうした集合体から生殖的に隔離されている自然集団の集合体」と定義されます(岩波生物学辞典)。「自己複製するたんぱく質」とも言うべき生物にとって繁殖形態・繁殖戦略は最上位のコア概念であって、群れの形態・内容も又その種の繁殖戦略を直接反映したものです。その意味で種に固定的なものです。
ミツバチは繁殖を担当する一匹の女王を中心に、世界中どの群れでも同じ巣を作るし、例外なく8の字ダンスを踊って花の位置情報を伝達します。
ゴリラはハーレムを作り、チンパンジー・ボノボは乱交型の群れを形成します。ハーレムを作るチンパンジー・ボノボはいないし、乱交型の群れを作るゴリラはどこを探しても見つかりません。
チンパンジーの群れは遊動しつつ他の群れとの離合集散を繰り返し、又性成熟に達したメスは生まれた群れを離れて別の群れに移籍します。こう言う「交流」が可能なのも、チンパンジーでさえあれば作る群れの形態・内容に違いが無いからです。

そして種が変わらない限り、つまり別の種に分岐・進化しない限り、群れの形も何百万年、何千万年に渡って基本的なところで変わりません。
 

では人間社会は動物の群れと同じなのか、或いは違うのか?

人間社会

ヒトとチンプ・ボノボ系統が、700万年前アフリカで分岐したとき、共通祖先は当然群れを作っていただろうし、ヒトの祖先もその群れの形態を引き継いでいた筈です。チンプ・ボノボも群れ性だし、更にその前に分岐したゴリラも群れ性だからです。ヒトの祖先と群れ性と切り離して考える理由は有りません。
700万年と言われる進化史の中で、一貫してヒトは「群れ」ていたし、その「群れ」は他の動物と同じく、種そのものの遺伝情報に密着した自然的な状態で始まり、それが長く続いたでしょう。

※ ゴリラとヒト・チンプ・ボノボ系統が分岐したのは約1000万年前と言われていますが、ゴリラはハーレム型、チンプ・ボノボは乱交型と、群れの形態は対照的です。と言うことは共通祖先から分岐した後で独自に発達させた属性でしょう。
チンプ・ボノボから分岐した後の初期人類がどう言う繁殖戦略をとっていたか? …は確定はしていないようですが、化石から見る性的二型などからしても乱交型ではなかったでしょう。オス同士の争いで有力なオスが何頭かのメスを囲う、ゆるいハーレムだったかも知れません。ヒトの一夫一妻制の傾向は本格的な直立二足歩行によるメスの難産などが表面化してきたホモ・エレクトスの頃からだと思われます。

 

しかし現在、人間が構成している社会は動物の群れとは質的に異なります。次に動物が作る自然の群れとは違う、人間社会の特質を検証してみます。

歴史的・地域的バリエーション

ホモ・サピエンスとして種としては単一の人間が、地球上に展開している社会の形態は実に様々です。又歴史的にも大きな変化を繰り返してきました。
38度線と言う、自然的には何の必然性もない直線を境に、北朝鮮と南朝鮮では同じ種どころか同じ民族、場合によってはたまたま離れて住んでいた肉親同志が、全く異なる社会体制のもと暮らしています。
或いは1868年10月23日と言う、これも自然的には全く必然性のない時を境に、封建幕藩体制から資本主義への劇的な変化が日本で起こっています。
こんな形態が、遺伝情報に密着した自然のものである筈が有りません。

繁殖行動のバリエーション

「自己複製するたんぱく質」と定義されるように、生物において繁殖戦略は最も上位のコア概念だと言えるだろうし、事実動物の群れは上述したようにその種の繁殖戦略に基づいて構築されています。同じ種なら同じ繁殖行動をとり、それに基づいた群れの形態をとる、と断言して間違いないでしょう。
しかし人間においてはこの点も全く異なります。

人間の婚姻形態を大雑把に言うと「頻繁な婚外交渉(浮気)を含む、基本的には一夫一妻制」と言うことになりそうですが、これも他の動物のように一色で括ることはできません。一般には一夫一妻制のパートナー獲得を目指す個体が大半だと思うけれども、一夫多妻を公認或いは推奨している社会も有るし、チベットでは一妻多夫も見られます(最近はあまり無いそうですが)。
歴史的に見ると、大規模な後宮(ハーレム)を形成していた個体もいます。始皇帝を初めとする中国の歴代皇帝の中には3000人とか10000人とかの妾を抱えていたとか、インカ帝国では皇帝と高官で国中の処女の半分を囲ったとかの話を聞きます。「血に飢えたスレイマン」と呼ばれたモロッコの王は888人の子供を持ったと言います。
巨大なハーレムの主になれた前述の皇帝たちは、地位と財力にものを言わせたのであって、要するに社会の中でどの位置を占めるかによります。100頭ものメスを囲うゾウアザラシのオスのように、生物学的に巨大な体(性的二型)を進化させた結果では有りません。

社会との関係性は、現代の権力者を見れば逆の形で証明されます。
アメリカ大統領と言えば現在、世界最大の権力者だと言って間違いないでしょうが、逆に表向きは一番性的貞節を求められます。クリントンがモニカ嬢との不倫で大統領職を棒に振ったことで分かる通り、不貞は時に致命的なスキャンダルになります。つまり民主主義的体制の指導者とハーレムは両立できないのです。日本でもかって将軍の大奥や天皇の側室は公認でした。今天皇の側室は自ら否定されているし、総理大臣も愛人や妾は公には批判の対象です。大奥やハーレムなどは論外です。

ヒトにおいても繁殖が生物としてのコア概念であることに違いありません。しかしコア概念の繁殖行動にこれだけのバリエーションと歴史的な変化が有ると言うことは、人間社会が他の動物の群れのように、種としての繁殖戦略と直結した生物学的なものでなくなっていることの証明です。

 

人間にとって社会とは

 

 

 

次章からこの件について考えてゆきます。

道具と言葉

人間を造ったのは「道具と言葉」です。
道具は身体器官の延長・代用です。道具を作り発達させることで人間は、生物学的な遺伝子変異なしに、つまり生物としての進化・形質変化を経ることなしに、それと同じ効果を、急速に、限りなく発達させることが出来るようになりました。
言葉は人間に抽象的思考・概念的思考を与えました。

道具と言葉を必要としたのは群れによる「集団労働」であり、道具と言葉を可能にしたのは「直立二足歩行」です。

直立二足歩行

かって、まず先に脳増大を促す変異が先にあって、増大したその脳を使って道具や言葉を獲得・発達させたという考え方が主流でした。そこに付け込まれる形で起きたのが、20世紀最大の科学スキャンダルと言われる「ピルとダウン人」事件です。
事件そのものは解決に40年を要した深刻なことでしたが、それを克服する過程で、化石や分子などの資料から今は、全てのホミニゼーションに先立って、何が無くても先ず「直立二足歩行」が有ったと言う認識が確立されています。

    

 

社会的存在

道具と言葉によりヒトは一つの飛躍を遂げました。「階層の移行」と言ってもいいでしょう。

人間はヒトとして、当然動物の一種であり、生物としての特質・連続(ステージ)を持っています。
このことを前提とした上で、同時に人間だけが達成した「社会的存在(階層)」への飛躍を認めることが重要です。そのこと抜きに「進化学陣営から聞こえてくる混乱」からの脱出は難しいでしょう。

エンゲルスの慧眼

それにしてもマルクスの盟友、フリードリッヒ・エンゲルスは、1876年執筆(出版は色々な事情によりエンゲルスの死後1896年)された『猿が人間になるについての労働の役割』の中で、上記のことを見事に喝破しています。
「ピルとダウン人」事件勃発の約35年程前(事件勃発が1909年から11年に掛けて)、ダーウィンの『種の起源』出版(1859年)から僅か20年足らずの時に執筆されたこの見解は、当時の大方の人間観を考えた時、正に慧眼としか言えません。

今の高みに立ってみるとき、細かい点では勿論訂正すべき点は有るにしても、その後の事態の進展は基本的にこの内容に沿って展開しており、その透徹した見通しには舌を巻きます。

他の動物との違い

道具を使う動物は結構多くの種で観察されています。コトバを使う種も、ニホンザルや類人猿、プレーリードッグなどで観察され、研究が進んで言います。
これら動物の道具やコトバと人間の道具・言葉はどこが違うのか。
動物の群れと人間社会は、本質的にどこが違うのか。

その辺を順次検討してゆきます。

 

参照
物質運動の階層性、結節点

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