直立二足歩行

ヒトは二本足で直立して歩くことで人間になった

「ヒトの定義」の第一

人間と他の動物、例えば一番近縁な類人猿と区別する最大の特徴、言わば「ヒトの定義」は何かと言えば、それは「直立二足歩行」です。
ホミノイド(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ヒト等を含む、分類学上のヒト上科)と思しき化石が発見されたとして、そこに直立二足歩行の痕跡が認められればその化石は、他のどんな特徴を差し置いても、ヒトとして分類されます。
歯もヒトと他の類人猿を分ける重要な指標となっています。しかしやはり直立二足歩行と同列には論じられません。

直立二足歩行こそが、人間を、他の全ての動物たちを区分けする最初で最大の出来事であり、言わば人間を人間とした特徴です。
ヒト定義の第一項目は従って、直立二足歩行です。これは現代進化人類学で共通の認識=定説になっています(こちらにその出典紹介)。

 

    

 

人間をサルから分けたもの-人類起源論

今、人間とチンパンジーやゴリラ等の類人猿を比較した時、着目するあらゆる点でその違いを挙げ立てることが出来ます。
高度な言葉、思考、宗教、文明、或いは、高度な分業、服を着ているかどうか、等々、etc、エトセトラ………、切りが有りません。
しかしこれらは全て人間化の結果です。700万年前、共通祖先と分岐した時点で、ヒトとチンパンジー、ボノボは全く同じ動物だったのであり、そこに何の違いも無かったのです。
その分岐の時点に遡って、ヒトの祖先にだけ起こり、チンパンジー、ボノボ系統に無かった出来事を探すことが、つまりは「人間の起源」論です。その出来事こそが、直立二足歩行なのです。

直立二足歩行そのものは生物学的出来ごと

直立二足歩行を専らのロコモーション手段としているのは、全ての動物種の中で人間だけです。それだけユニークな直立二足歩行をヒトはどうして獲得したか?、結局これが「人間の起源論」として様々に取りざたされる訳ですが、どれ程ユニークであれ、直立二足歩行への移行そのものは純粋な生物学的適応の範疇です。つまりはそれまでの共通祖先からの連続です。

しかしヒト祖先だけが獲得したこの生物学的属性が、その後の運命を決定的に替えました。

 

直立二足歩行の意義

ヒトは700万年前頃、何らかの理由で直立二足歩行に踏み出しました。そのことによる意義は大きく言って二つ或いは三つ有ります。

  1. 歩行から前肢を開放した。
    前肢が歩行から解放され、手としてその後の道具の作成・使用の可能性を広げた。
  2. 複雑な音声言語発生の条件整備。
    直立することで、重力の影響により咽頭が下がって口腔が広がり、複雑な音声言語の可能性を広げた。
    「アクア説」では、水中での呼吸の制御によって区切りの有る音声言語の発達が促されたと主張されています。

付随的な意義として、

  1. 直立することで、増大する脳を真下から支えることも挙げられます。

人間の繁殖戦略も直立二足歩行から

又、人間の繁殖戦略=配偶関係は「緩やかな婚外交渉を含む、一雌一雄婚」と言って良さそうですが、一雌一雄婚は哺乳類の中でも特殊な方です。一番近縁のチンパンジーとボノボは乱婚、ゴリラはハーレムを作ります。これらと違う人間の配偶関係の起源も、探って行くと直立二足歩行に行きあたります。

道具とことばは、人間化の決定的な二つの要因です。その生物学的な基礎となったのが直立二足歩行です。直立二足歩行無しに、現代の高度な道具や機械は無かったし、多様で複雑な言葉、ひいては抽象的・概念的思考も有り得ませんでした。
又、チンパンジー・ボノボ達の乱婚、ゴリラのハーレム、そのどちらで有ったとしても、高度に階層的で、成員同士が共同しての人間社会は築けなかったでしょう。人間の一雌一雄婚の土台に直立二足歩行が関わっている訳で、ヒトは、二本足で立ちあがり歩き始めたことで、人間としての道を進み始めたと言えます。

 

脳容量先行説

しかし現在、定説となっているこの直立二足歩行も、最初から「定説」として認められた訳では有りません。
20世紀初頭の人類学、或いは古生物学の主流は、ヒトであることの最大の特徴を「大きな脳」だとしていました。何らかの要因によってヒトは先ず大きな脳容量を獲得し、その知能によって道具やことばを作ったり使ったりすることが出来た、と考えていた訳です。

※ ピルトダウン人事件=20世紀最大の科学的スキャンダル

例えば次に取り上げる「ピルトダウン人事件」で主役の一人を務めることになる、イギリス人類学界の大御所であったアーサー・キース卿 (1866~1955)は、200種もの霊長類頭蓋の1年に及ぶ研究から、ヒトであることの必須条件は、身体の大きさと比べての大きな脳であると結論して いました。

その思想的背景のもと起こったのが、20世紀最大の科学的スキャンダルとされた「ピルトダウン人事件」です。詳細はリンク先を見て頂くとして、キースに取ってピルトダウン人化石は自身の研究を裏付ける、正におあつらえ向きのものでした。
ピルトダウン人事件は、それに係わったイギリス科学界自身の手によって誤りが正され、完全に否定されました。ピルトダウン人事件発端から40年経過した後です。

この痛恨の経験と、その後、リーキー夫妻らのアフリカでの初期人類化石発掘とその研究により、直立二足歩行こそが他の全てのヒト的指標に先だって獲得されたことが分かり、現在の定説が形成されて来た訳です。人間と類人猿を区別する基準は、「どう考えるか」でなく「どう歩くか」だと。

※ このピルトダウン人事件を思うにつけエンゲルスの炯眼に注目しない訳に行かない。
エンゲルスは1876年執筆の『猿が人間になるについての労働の役割』の中で、、「最初に直立二足歩行が有った」と洞察した。これはピルトダウン人事件の勃発より30年程前、ダーウィンの『種の起源』(1859/11/24出版)から殆ど間を置かない時期である。

エンゲルスは1859年、マルクスに送った手紙の中でダーウィンに触れ、次のように書いている。
「ところで、今ダーウィンの本を読んでいるのですが、ダーウィンはとにかく素晴らしい。目的論の要素で唯一破壊されずに残っていたものが、彼によってついに撲滅されたのですから」。
エンゲルスは「種の起源」が発行されたその年に、読んでいる訳だ。

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