新宿御苑-1(外周)

 

新宿御苑-都会のど真ん中に広がる広大な庭園

東京屈指の庭園とともに、玉川上水終焉の地&渋谷川源流の地としても重要

新宿御苑は新宿駅から500メートルほど、歩いても数分の距離にある、言わずと知れた東京(日本)でも屈指な大庭園の一つ。
同時に東京の「水の流れ」を知る上でも非常に貴重なキーポイントでもある。

新宿御苑は玉川上水終焉の地であり、同時に渋谷川の「由緒正しい」源流部でもある。

玉川上水四谷大木戸

羽村堰から43キロ、武蔵野台地を下ってきた玉川上水が現在の新宿御苑の東端、四谷大木戸でせき止められ、その先は地下に設置された石樋などによって江戸市中に配水される。余った水は余水吐(よすいばけ)として、新宿御苑に沿って南に流される。この玉川上水余水吐が渋谷川の主要な水源になっていた。

天龍寺を水源とする渋谷川源流

新宿4丁目に現在もある天龍寺にかって豊富な湧水があり、この池からの水が現在の新宿御苑の湧水と合わせ、「上の池」「中の池」「下の池」と下り、玉藻池の水も含めて玉川上水余水吐に合流していた。
渋谷川には河骨川、宇田川など何本もの支流が有るが、この天龍寺→新宿御苑経由の流れが、いわば渋谷川本流の由緒正しい源流だと言えよう。

現在、天龍寺の湧水は枯れて池も埋め立てられているようだが、新宿御苑内の池は苑全体、特に和風庭園のメインペースになっている。

内藤新宿と新宿御苑

元々新宿は「内藤新宿」と呼ばれていた。
「内藤」はここに信州高遠藩内藤家の中屋敷が有ったことによる。
「新宿」の名の由来は、元々甲州街道第一番目の宿場が高井戸だったものを、日本橋から遠いということで中間点に造った「新しい宿場」と言うことから。

内藤家は徳川家康の信頼厚く、甲州街道の入口の地であり江戸城半蔵門から真っすぐなこの地にに、江戸城警護或いはいざという時の避難路確保の任も含めて広大な敷地を与えた。
内藤家初代の清成は、家康から「馬で一息に回れる土地を与える」と言われ、乗った駿馬が息絶えるまで走らせ、南は千駄ヶ谷、北は大久保、西は代々木、東は四谷を走り、広大な拝領地を得たという(その後一部返納)。その「駿馬塚」も新宿御苑の脇にある。
新宿御苑はいろいろな経過を経て現在に至っているが、敷地が内藤家拝領地の一部であることを考えるとその広さもむべなるかなと思わせられる。

広さ58.3ヘクタール、周囲3.5km
入苑料 ;一般200円/小・中学生50円/幼児無料

 

地形図

クリック、拡大表示でご覧ください。

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撮影Map

クリックするとGooglemapと連動して表示されます。

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苑内Map

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先ずは外周一回り

 

新宿門

入口門は三ケ所有るが、新宿駅から最も近いここが現代の正門と言うことになるだろう(正式な正門はこちららしい)。
写真の一番左端に、玉川上水の復元水路が設置されている。

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巨木のお出迎え

門をくぐり、入苑ゲートの手前で早速巨木が迎えてくれる。
巨木は新宿御苑の見どころで、苑内至る所に見られる。

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イチョウの巨木と乳根

イチョウの老木に往々にして見られる乳根(ちちね)。イチョウは雌雄異体だがそれに関係なくこの乳根は有るという。ただ老木なら全てに有る訳ではないらしい。

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母と子の森エリア

新宿門から入り右(西)側への道に入ると「母と子の森」エリアに入る。

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ここにも巨木が

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ヒマラヤスギ

風格を感じさせる立ち姿。

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ビスタライン

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西の端からビスタラインを通して、イギリス風景庭園方向。
中央右寄りの大木は、苑全体のシンボルでもあるユリノキ。ユリノキの向こうにも広い苑庭が広がっている。

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ラクウショウ

中央から右側、ラクウショウ(落羽松)、ヌマスギともいう。神代植物園小石川の東大付属植物園善福寺池などでも見られる。
 

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世界一の乗降客を誇る新宿駅から、歩いても数分でこの景色

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気根

通路に板が敷いて有るのは、湿地だということと気根保護の為だろう。

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メタセコイヤ

ラクウショウの左側(東側)に、通路を挟んでメタセコイヤの林。

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渋谷川源流? の痕跡

囲い柵の直ぐ内側に、苑外から水を引き込んでいたらしい水路の痕跡が有った。
位置的に見てここが天龍寺湧水池からの水路跡ではないか?

ページ冒頭に書いた通り、元々内藤藩中屋敷だったころから、天龍寺の湧水と苑内の湧水を集めて上の池から順に下って流し、現在の千駄ヶ谷駅近くで外に流していた。その流れが玉川上水余水吐と併せ、幾つかある渋谷川の主要な源流となっていた。つまり新宿御苑は渋谷川の由緒正しい源流部だった。

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流れを辿って

上掲写真と関係するのか否か分からないが、道路の反対側に水路が見られる。位置的に上の池の更に上流、苑内水路の源流の様子。流れの上流部から辿ってみた。

源流?

西休憩所脇から水が湧き出していた。しかし湧水にしては濁っていた。ポンプで循環させているのか?

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森の池

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水路は北西端の通路にぶつかる手前で向きを変え、上の池方向に流れてゆく模様。ただ藪の中に入って辿ることは出来なかった。
水路探訪は取りあえずここで終了。

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外周通路に戻って

人間が手を加えず森自体の生育に任せると、照葉樹林の森になるらしい。明治神宮の森はそれを意図したもの。下の写真もここでは照葉樹林が優勢。
武蔵野台地に見られる落葉広葉樹は人の手によるいわば二次林。

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菊栽培所

苑内案内パンフレットには「菊栽培所」と有って立ち入り禁止。ここだけでも結構な広さ。
この日(10月23日)、苑内日本庭園の至る所で菊の展示準備の為の小屋掛けがなされていた。ここで開花時期を合わせて栽培されているのだろう。

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菊栽培所を過ぎて

右側は囲いの柵と照葉樹林、左側は落葉樹の桜の木。

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千駄ヶ谷門

右側に千駄ヶ谷門が近づいてくる。

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千駄ヶ谷門

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門前、桜園地

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花をつけている木が有った。
花にあまり興味のないおいらには、なんと言う種類の桜か分からなかったが。

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ここにも巨木が

正面の道を降りると中の池、下の池に続く。
右側、外周コースを行く。この先勾配が下りになって下の池、池尻に続く。

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下の池から渋谷川へ

下の池の池尻

下り坂を降り、下の池の水が苑外に配水される場所にでる。ここに掛かる橋が、「日本初の擬木の橋」。

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日本初の擬木

下の池(左側)から、右に流れて新宿御苑の外に出る。この橋の両側に「日本初の擬木」欄干がある。
こちらは池側。

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フランスから購入

これだけの為にわざわざフランスから3人の技師が来たのだそうだ。しかも当時は船だったろう。
今なら日曜大工で出来そうな感じだが。

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下の池

上の池、更にはその上流の天龍寺から流れてきた水は、この下の池から擬木の橋をくぐり苑外に出て、渋谷川となる。

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下流側

この先少し流れて苑外に出て、渋谷川本流の流れとなる。

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下流側から橋の下を見る

少し分かりづらいが、池からの流れとともに、橋の下中央右側から湧水と思しき水の吹き出しも見える。

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下流方向

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渋谷川開始

ここで苑外(この辺)に排水され、渋谷川として流れてゆく。現在、苑の外は暗渠になっている。

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外周に戻って、スズカケノキの自然巨木と成型木

同じ樹齢で扱いの違いによる、スズカケノキの二つの様相。

こちら自然樹形

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比較

こちらは剪定・成型されたスズカケノキ。同じ樹齢でも剪定によってこれだけの差がでる。

フランス式成型庭園については、こちら

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「開かずの門-正門」

元々の正門。新宿御苑がかって皇室苑地だった時の、皇室、賓客用の門だった。
特に勿体ぶって使わない、と言うことでは無く、外苑西通りに面したこの場所は一般利用者の利便性がいいとは言えず、国の特別行事を行うとき等を除き閉鎖しているらしい。

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玉川上水余水吐脇の道

新宿御苑東端の道。
何の変哲もない小道だが、水辺フェチのおいらにとっては貴重な場所。この直ぐ右脇に玉川上水余水吐(跡)が通っている。

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玉川上水余水吐

柵を挟んで直ぐ脇が玉川上水余水吐(跡)

 

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玉藻池

大木戸門の近く、玉藻池がある。
玉藻池は内藤家がここに中屋敷を置いたときの庭園「玉川園」に有った池、新宿御苑のルーツともいうべき場所。

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玉川上水余水吐き脇

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玉川上水(余水吐け)からの助水路?

玉藻池は玉川上水から水を引き込んでいた。これがその水路跡か?

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水の流れは見えなかった。

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大木戸門

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温室

大木戸門から入って直ぐ右側、温室が有る。
温室の内部はこちら

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戦前の温室

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ご休所

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新宿門

これで一応一回り。
次に公園の内部、日本庭園、フランス式成型庭園、イギリス式風景庭園、温室など。

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玉川上水復元水路

新宿御苑は玉川上水と密接に関係している。

ここは御苑の外側のエリア。入苑料は必要ない。
ここに設置されている玉川上水の復元水路。新宿門から大木戸門まで続いている。勿論実際の玉川上水はこんなに狭くはなかったが、当時も同じ場所を流れていた筈。

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前方、大木戸門の入口

この突き当りから少し先、四谷大木戸があり玉川上水からの水が市中に配水されていた。その余水が新宿御苑(内藤藩中屋敷)の東側に沿って流れていた(余水吐)。玉藻池は湧水と共に、玉川上水余水吐からも助水されていた。

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