羽村山口軽便鉄道跡-1(羽村から米軍横田基地)

 

武蔵野を南北に貫く、真っ直ぐな1本の細道

地図を見ていて不思議なものを見つけた。
東京の北西、扇状地武蔵野台地の扇頂に近い位置に、住宅街を貫いて真っ直ぐ東西に引かれた細い線が有る。

下掲、GoogleEarth参照(クリック、拡大表示でご覧ください。)。
下の図では右側(東側)の横田基地にぶつかって終わっているが、実際は横田基地を超えてさらに東側に続いている。

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最初これが実際の地形だとは思われなかった。地形にしては不自然に真っ直ぐだし、そのくせ幹線道路と違って細く住宅街を貫いている。何か地図上の記号のようなものかと思った。例えば紙の地図の折り目のような。
しかし他の地図で見ても同じく確認できる。それで検索したら「羽村山口軽便鉄道」の線路敷跡だと分かった。

 

羽村山口軽便鉄道

羽村山口軽便鉄道にはいくつかの歴史的経過が有ったようだ。

村山貯水池導水管工事用

調べてみるとこの軽便鉄道は、羽村堰で取水した多摩川の水を、狭山丘陵に建設中の村山貯水池(通称、多摩湖)に送る導水路工事用に敷設されたのが最初らしい。1921(大正10)年のこと。名称も「羽村村山導水管敷設工事軌道」となっていた。
だから現在もこの敷設ルートはそのまま、羽村堰第三水門の東京水道局羽村導水ポンプ所から、多摩湖への地下導水管と重なる。

山口貯水池建設工事用

「羽村村山導水管敷設工事軌道」は導水路建設終了後、一旦廃止、線路も撤去される。
その後急激な人口増加による東京の水不足を解決する為、村山貯水池の隣に山口貯水池(通称、狭山湖)の建設が始まる。1928(昭和3)年のこと。
それに伴って一旦廃線となった軌道が、多摩川から採取した砂利運搬用に「羽村山口軽便鉄道」として復活される。同時に砂利採取の用途として西側、つまり多摩川対岸まで軌道が延長されたようだ。ただこのルートは多摩川の河川敷で有る訳で、現在その痕跡はハッキリしない。
軌道の東側、つまり狭山丘陵に掛かる部分も、この際に一部軌道や隧道が新たに付け加わったようだ。
再開されたこの羽村山口軽便鉄道も砂利採取事業の終了に伴い、1931 (昭和 6) 年には廃線となる。

太平洋戦争中の、三度目の復活

廃線となった軌道が、米軍本土攻撃に備えての、貯水池補強工事のコンクリート用の砂利運搬用に三度復活する。1944 (昭和19) 年、工事終了後、今度こそ最後の廃線となる。

遊歩道としての廃線跡

現在この廃線跡が、一部多摩川河川敷や狭山丘陵などを除き、遊歩道として整備されて残っている。この廃線跡・遊歩道が地図上に不思議な痕跡を示している訳だ。

 

そして、小径が残った

廃線になった鉄道敷は、遅かれ早かれその痕跡を失うのが普通だろう。鉄道会社がその敷地を売却し住宅等に転用されるとか、或いは荒れるに任せるとか。
戦時中に廃線となったこの線路跡がほぼ全線に渡ってそのまま遊歩道のような形で維持され、そこを辿れるケースは多分全国でも稀だろう。まして、都心とは言えないまでも東京の住宅街の中を、しかも「軽便」と言われる程に細い鉄道跡がかくも長い距離一貫して維持されているのは奇跡の風景だ。だからこそ最初地図で見た時「これは何だ?」と不思議に思った訳だが。

その理由は簡単。元々が玉川上水からの導水管建設を目的に敷かれた線路であり、今でもその地下に導水管が通っているからに他ならない。都民の命の水の上に住宅や工場などの構造物を作る訳にはゆかない。管理も東京都水道局になっている。かくして不思議な小道は真っ直ぐなままこれからも残ってゆくことになる。

それにしても1921(大正10)年の、最初の敷設時、よくこれだけの直線コースが確保されたものだ。今なら用地の買収だけでも大変なことだろう。当時は未だ武蔵野の原野状態だったのだろうか?

 

地形図

クリック、拡大表示でご覧ください。

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撮影マップ

クリックするととGooglemapと連動して表示されます。

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羽村堰と玉川上水

玉川上水と羽村堰についてはこちら参照

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インクライン軌道跡?

多摩川の砂利採取・搬出の為、羽村山口軽便鉄道は対岸まで軌道を延ばしていた。ここ、河川敷の部分から福生加美平団地に至る区間はインクラインで通していたらしい。
写真の腕のようなコンクリート構造物がそのインクラインの軌道跡を現しているのかどうか、それは定かではないがこの先の方向と、背後の繋がりはインクラインのコースと重なる。
なお、腕の先の対岸には「羽村市郷土資料館」がある。

※ インクライン

一言で言えば、ケーブルカーの貨物版のようなものか。或いはケーブルトロッコとでも言うべきか。
勾配の急な場所を、機関車でなくケーブルで台車を引っ張る軌道。
羽村山口軽便鉄道ではこの多摩川の砂利を、立川崖線の急勾配を引き上げるために、途中までインクラインが使われた。

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インクライン軌道敷コース

上の写真の続きになる。
ここをインクラインが登っていた筈。

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東京都水道局の管理地の為、自家用車などは通れない。
右側のログハウス風の建物は羽村堰公園のトイレ。

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羽村橋

左側歩道橋は、玉川上水と並行して走る奥多摩街道に掛かっている。

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羽村橋からの玉川上水。
前方に「羽村堰第三水門」と「東京水道局羽村導水ポンプ所」が見える。

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羽村導水ポンプ所

この道がインクライン軌道コース。前方、羽村ポンプ所辺りで左にコースを変え台地上に引き上げられる。

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羽村取水口

この水門で玉川上水の水は大半が導水管に導かれ、前方奥多摩街道の下をくぐって村山貯水池まで送られる。
この導水路を築くため、羽村山口軽便鉄道は敷設された。当然鉄道敷と導水路はほぼ重なる。

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奥多摩街道側から見た取水口

 

玉石と重厚なコンクリートの意匠は見事。ここが山口貯水池まで地下を通る水の旅スタート地点。
玉石の切れた右側の石の階段はおそらく軽便鉄道当時のものだろう、当時の写真に載っている。インクラインもその脇を通っていた。

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奥多摩街道

羽村山口軽便鉄道は左側の崖(奥多摩街道を含め、立川崖線)を超えて、多摩川の沖積面から立川面に上がる。

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軽便鉄道跡の道路、スタート

台地に上がった所。ここから台地を一直線に東に向かう。途中から遊歩道となる。

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この辺は車道にもなっている。
普通、下に暗渠や導水管など埋設物が有るとき、その上には重い車など通さないことが多いのだが。
立川崖線をくぐったばかりだから、導水管も相当深く埋設しているのだろうか。ただ緑道と違い歩いていても味気ない。

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新奥多摩街道を超える

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青梅線にぶつかる

一旦ここで行きどまりとなる。
青梅線の開通(立川-青梅間)は1894(明治27)年とあるから、羽村山口軽便鉄道運用時、青梅線は既に開通していた訳で、軽便鉄道インクラインは青梅線を跨いで通っていたのだそうだ。

青梅線越しに、連続している緑道が見える。

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青梅線を超えて

直ぐ近くの踏切を渡り、廃線跡に戻る。
この先、車も通らず緑道、遊歩道の様相となる。歩いていても雰囲気がある。

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小公園

公園をかすめて道路を斜めに横断。

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福生加美平団地

公園脇の道路を斜めに横断、廃線跡は団地敷地の中に入る。

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団地内を貫く廃線跡

同時にこの辺がインクラインと普通の鉄道との切り替え地点になっていたようだ。切り替えとは言っても荷物(砂利)を積み替えたのではなく、それまでケーブルで牽引していた貨車を機関車が牽引するようにした模様。

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団地を出て道路を斜めに横切る。

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神明緑道

団地と舗装道路に別れを告げて、神明緑道の看板が立っている遊歩道を進む。

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西多摩産業道路

道路から先、工業団地風な地域に入る。途端に前方、印刷工場の建物の下を通ることになる。
導水管の上で杭などが打てず、ここだけ跨いで建物を建てたのだろう。ここは道路ではないが許可を得て通らせてもらった。

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印刷工場を抜けて、又緑道が続く。

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米軍横田基地

横切っている道路は「動物公園通り」。
道路を超えてその先は米軍横田基地。この先も廃線跡・導水管は続いているのだが、印刷工場の下は断って通ることが出来てもここだけは進入禁止。

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横田基地

フェンスの向こうはアメリカ合衆国。

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ここでいったん打ち切り

 

NEXT(米軍横田基地から狭山丘陵

 

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