玉川上水-3(拝島から天王橋)

 

国分寺崖線越え

拝島から玉川上水までのコースを二回に分けて掲載。この区間のポイントは「国分寺崖線越え」。

羽村堰から拝島までの課題は、なんといっても「立川崖線越え」だった。20メートルに及ぶ立川崖線の壁を超える為に、多摩川に並行して上水のコースを極力水平をに保ちつつ南下させ、自然の標高低下の中で何とか高低差を吸収、水喰らい土公園で最後の崖線を超え、拝島で立川面に乗せることが出来た。しかしこれは勾配の大きい多摩川の上流域だったからできたこと。国分寺崖線越えにこの手法は使えない。

 

南下から一転、東へのコース変更

国分寺崖線越えで使ったのは、単純に未だ崖線が未発達な地点で超えてしまうこと。その地点が現在の玉川上水駅付近。
この地点に向け、今度は「水平の維持」ではなく、緯度の維持が重要になる。つまり西の拝島から東の玉川上水駅まで、できれば同じ緯度で真っすぐ通したい。
北西の青梅を扇頂とする扇状地武蔵野台地に於いては、北上するコースは昇り勾配となって流れないし、南下するコースでは高さを増してきた国分寺崖線にぶつかり越えることが出来なくなる。その為にも、玉川上水駅とほぼ同緯度の拝島で、何としても立川面に上げておく必要があった。

地形断面図

拝島から玉川上水駅(国分寺崖線越え)迄の直線断面(勾配)図。
上記のように北西の青梅を扇頂とする扇状地形で、北上することは本来昇り勾配になる筈なのだが、実際の玉川上水は拝島から玉川上水駅まで、若干北上する形でコース取りがなされている。そのコースに沿って、KASHMIR 3Dを使って断面図を作ってみると、逆に下り勾配になっている。これは武蔵野台地の北東部が沈降する「関東造盆地運動」による幸運だが、その意味でも地形を利用した絶妙のコース取りとなっている。
途中、立川断層(立川崖線ではない)が横切り、それを迂回する形で大曲りと言うエポックが有るが、全体としては地形のままに水を流せばいいことになる。
実際この間の玉川上水は、ほぼ直線で起伏の少ない自然な流れとなっている。コース全体からみても比較的工事が容易だった区間だったのではないだろうか。

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地形図

クリック、拡大表示でご覧下さい。

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撮影マップ

クリックするとGoogleMapと連動して開きます。

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拝島駅

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立川面を歩く

平坦な武蔵野台地上の一つの面・立川面を流れる玉川上水。

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コンクリート護岸も有るが、全体的には玉石護岸が多い。川底は自然のままで味わい深い。

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つつじ橋

玉川上水に掛かっている橋ではない。上水に注ぎ込む給水路に架かる橋。
この橋が掛かる水路の正式名称は「都水道局拝島源水給水口」で、秋川・多摩川合流地点にある昭和用水堰から取水、ポンプアップによってここに給水しているらしい。人口増による水の需要に対応する為、1941年(昭和16年)に造られた。空襲による羽村堰破壊への事前対策でもあったらしい。
今回、給水されている状況は見ることが出来なかったが、現在も機能しているとのこと。

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対岸からの「都水道局拝島源水給水口」

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こはけ橋から

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拝島上水橋と上水公園

この橋の右詰に雑木林の上水公園が有る。橋の左側には昭島エコ・パークが有って、「湯楽の里」と言うクワハウス風な建物が有る。市民の福祉施設らしい。

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上水公園

公園と言っても、雑木林そのまま。逆に「手つかずの武蔵野」の風情が味わい深い。

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今まで玉川上水の右側を歩いてきたが、拝島上水橋から先、右側はゴルフ場の敷地となり歩くことが出来ず、ここで左岸を歩くことになる。

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昭和の森ゴルフコース

フェンス越しにゴルフ場を見る

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ウッドチップ

この辺遊歩道にウッドチップが敷いてある。弾力性が有って歩いていて気持ちいい。高校生のランニング集団とすれ違ったが、足への負担も軽いのだろう。

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美堀橋から

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暗渠区間

美堀橋から200メートル程下流で、唐突に玉川上水は約400メートル程の区間暗渠となる。
暗渠の少し手前に水の落差が見られる。この落差は暗渠出口でも見られる。

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暗渠と落差の理由

暗渠の上部は細長い公園になっている。
この区間だけ暗渠になっている理由は、今ゴルフ場になっている右岸が、戦時中戦闘機の滑走路であり、その滑走路が延長されて上水を横切る計画で蓋をされた為らしい。実施前に終戦となり滑走路延長の件は沙汰止みになったが、蓋はそのままにされた。
暗渠出入り口2ヶ所の水の落差は、結局その上に予定された滑走路に対して、水路の勾配を合わせる為だったのだろう。滑走路は水平で有ることが望ましいし、それに対し玉川上水はある程度の勾配を持って流れている。2ヶ所の落差を作ることで暗渠の下を水平に保たせたものと考えられる。

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右に広がるゴルフ施設

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暗渠区間終了

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松中橋と砂川用水・柴崎分水

松中橋の少し上流に、二つの分水口が見える。右側、上流に有るのが柴崎分水取水口。直ぐ下流が砂川分水取水口。

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松中橋下流の堰

二つの分水口の水位を上げる為の堰が橋の直ぐ下流に見られる。

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柴崎分水

松中橋で取水され、南東方向に流れている。今も現役で水が流れている。
実は今回少し調べて驚いたのだが、柴崎分水は最終的にこちらで根川に合流しているとのこと。根川を歩いていた時には全く知らないままだった。
その途中も一部暗渠を含みながら、昭和記念公園内を通ったり、JR中央線を「懸け樋」で渡ったりと、中々味わい深い水路が見られるようだ。
今回は辿ることは無かったが、又機会を見て一度歩き通してみたい。

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砂川分水

柴崎分水の内側(玉川上水寄り)に、緑道を挟んで玉川上水と平行に流れる。
玉川上水の分水としては、野火止用水に次いで2番目に古く(1657-明暦3年)、後の砂川村の開発・発展に大きく寄与した。
元々の分水口は、下流の天王橋辺りに有ったのが後に付け替えられたものだそうで、柴崎分水と同じく今も現役であり、この地で取水された水は玉川上水に沿って天王橋まで流れ(一部暗渠)、元々の水路に流れ込んでいるようだ。

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二つの水路

左に玉川上水、右に砂川分水。その間を歩く。誠に雰囲気のいい区間。

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途中で暗渠となり、その上は遊歩道となっている。

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天王橋と新天王橋

都道7号線‐五日市街道(新天王橋)と都道59号線-多摩大橋道路(天王橋)が斜めに交差しながら玉川上水の上を通っていて、上水の上で三角形を形作っている。
そこに玉川上水脇の道路が交差、全体で変則的な六差路となっている。往時も交通の要衝だったのだろう。

残堀川旧路

現在ここから約450メートル程下流で、玉川上水と交差している残堀川が、かってはこの天王橋で玉川上水と合流・助水していたことが有った。確かに地図を見ると残堀川は本来ここに流れるのが自然のコース。
コース変更の理由は明治に入っての、残堀川の水質悪化。

天王橋

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五日市街道と新天王橋

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今回ここまで

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