入間川-4(甲州街道から野川合流)

 

入間川上流端から野川合流

「中仙川」として殆ど暗渠で来た流れは、甲州街道を境に「入間川」に名を替え、開渠として姿を現す。
三方コンクリート垂直護岸のまま調布市入間町で野川に合流する。

 

地形図

クリック、拡大表示でご覧ください。

入間川-2地形図.jpg

 

撮影Map

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>160910入間川-photo.jpg

 

入間川上流端

暗渠で来た入間川(暗渠部分は中仙川)が、甲州街道を超えたところで開渠として姿を現す。
写真左側は甲州街道。掛かっている橋は入間橋。

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入間橋と、「入間川上流端」の案内板

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入間橋から下流方向

フェンスで囲まれていて、当然中には入れない。

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京王線をくぐる入間川

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京王線から出たところ

ここから野川合流まで、一貫して三方コンクリート垂直護岸として続く。
三方垂直護岸に付き物の切梁(梯子状のつっかい棒)が川を覆う。途端に川の風情が味気なくなる。

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上掲写真と同じ橋から下流方向

川に沿っての遊歩道のようなものもないので、迂回しながら橋の上から見るしかない。

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右側に遊歩道が始まった

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遊歩道で有ったり一般道で有ったり、一部を除いて何とか川沿いに歩けるようになる。

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実篤記念館、実篤公園

入間川左岸から僅かに離れたところに「実篤記念館・公園」がある。

明治から昭和にかけて、文学、美術、思想、演劇と、幅広い分野で業績を残した武者小路実篤は、水のある所に住みたいという子どもの頃からの願いどおり、昭和30年、70歳の時に調布市仙川に移り住み、昭和51年に90歳で亡くなるまで20年間をこの地で過ごしました。
死後、邸宅と数々の貴重な資料がご遺族より調布市へ寄贈され、これを受けて、実篤の生涯と業績を紹介するために昭和60年に記念館を開館しました。邸宅を公開した実篤公園とは、地下道で結ばれています。

※ 調布市ホームページより転載

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実篤記念館

記念館も公園も、未だ時間が早かったので会館・開園していなかった。
写真右端遠方、入間川に掛かる橋。

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実篤公園

ここに邸宅が有ったのだろう。豊富な水音が聞こえている。自然の湧水か循環してのものかは分からないが。
こちらも時間が早く、未だ開園していなかった。

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入間川に戻って

住宅街を縫って通る入間川。この間、流れに沿っては歩けない。

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写真左側、調布市立第四中学校

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都道114

掛かっている橋は「明神橋」

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明照院

谷地に張り出したような台地上に建っているお寺。

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台地上の境内に続く道の途中から見る、入間川下流方向

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僅かな間、遊歩道が

この先の小公園を経て、野川に合流する。

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野川合流手前の小公園

この先、直ぐ野川。右側前方の建物は野川の対岸。

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野川合流

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対岸からの合流点

右側に見える合流点らしきものは、かっての合流式下水道の排水口とのことで、現在は使ってないそうだ。

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野川下流方向

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入間川の変遷-野川、六郷用水との関係

ここまで見てきたように、入間川は調布市入間町2丁目付近で野川に合流し、その後は野川として二子玉川まで流れ多摩川と合流する。つまり現在の入間川は、野川の支流としてもあまり目立たない小さく短い川となっている。
しかしかって、野川も入間川も今とは全く違った川筋だった。第一、入間川合流点から下流、上の写真の野川部分は実は無かった。
>昔の野川は今より西側を流れていたし、入間川もここで途切れていたのではなく、>この先も続いて実は二子玉川で入間川のまま多摩川に注いでいた。つまり今の野川の下流部分は入間川と重なる。

六郷用水

入間川、野川の流路が大きく変更したのは、>六郷用水(次大夫堀)の開削。
これによって、旧野川は狛江市和泉本町付近で>六郷用水に取り込まれる。六郷用水はその先、現在の次大夫堀公園を超えた喜多見5丁目付近で野川に合流する形になっているが、上記したようにかってここを流れていたのは野川でなく入間川だった訳で、六郷用水はここで入間川も取り込んでその先、現在、丸子川と呼ばれる流路を経て大田区六郷領を潤していた。
つまりここで最初に入間川は下流部分を六郷用水によって切り離された。六郷用水は1950年代、用水としての300年の使命を終える。

野川の河川改修

かって野川は氾濫を繰り返す暴れ川だったようだ。確かに旧野川は狭く、一たび武蔵野台地に大雨が降ればそれを集めての洪水が頻発したであろうことは想像できる。
そこで1960年代初めから野川の改修工事が始まり、入間川の流路への付け替えと直線化と言う大規模な工事により、今に見られる姿になる。この改修工事は1967年に完成する。入間川はこの改修工事で流路が切り離され野川の1支流となり、仙川も又この時、野川に合流された。

 

 

入間川旧流路

合流点の少し下流、谷戸橋を渡った少し先から、入間川の旧流路跡が始まる。

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