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最初にK高校のロケーションについて、簡単に説明しておく必要が有ります。
K高校の裏に一寸した里山があります。山に一番近い所に、第三校舎と言う、当時最も古い棟が建っていました。
実はこの第三校舎というのは、かって寮として使われていた建物です。
K高校は、昔全寮制だったので、その建物を全寮制でなくなった時、教室に転用した訳です。ですから教室の後ろの方に、寮の時代の名残とも云える押入れの痕が有ったりしたものです。
この第三校舎から、10メートルも行くと山に続く石垣にぶつかります。
石垣を登ると一寸した平場があり、当時そこに 蒲原鉄道と言う、今は廃線になった私鉄の単線が走っていました。
石垣を登り、線路に出て左を見ると、そこにトンネルが見えます。 我々は「蒲鉄(かんてつ)のトンネル」と呼んでいました。
それほど長いものでは有りません。7、80メートル位でしょうか。ゆるいカーブになっているので、向こうが見通せると言うことでは有りませんが、両方からの光で、昼なら中が真っ暗と言うほどのことも有りません。
線路を右に30メートルも行くと、線路から少し下がったところに、松の木に囲まれて小さな塚みたいなものがあります。「朝鮮人の墓場」と呼ばれていました。
※ 現在のK高校の航空写真(衛星写真?)と、当時の「七不思議」に関連するロケーションを示しておきます。(マウスカーソルを乗せると配置図が非表示になります)
「Google Earth 」から転載。
このトンネルが作られたのは、太平洋戦争の末期とのことです。
短いトンネルですが、地盤の関係で掘るのに大変苦労したと言うことです。戦争末期の、国策上の理由も有ったんでしょう、このトンネルの早期開通が厳しく要請され、この工事に朝鮮人の囚人達が人夫として投入されました。
囚人とは言いますが、当時は植民地の朝鮮から強制的に連れてこられ、女は慰安婦、男は兵隊や労働力として、鉱山や工場で強制的に使役させられていました。
それに抗議をしたり、ケツを割ったりした(逃げ出した)人はみんな「囚人」とされた訳ですね。
このトンネル工事は凄惨を極めたそうです。
殆ど食料も無く、又相次ぐ落石などで犠牲者が続出しました。仲間を助けようとすると、日本人の現場監督が銃剣で脅し工事を続行させたそうです。囚人たちは泣く泣く、仲間の身体を踏みながらも掘り進みました。
工事が終了した時には、囚人の大半がこの世の人では無くなっていました。
幾多の犠牲を出しながら、ともあれトンネルは完成しました。
そして……、
めでたく列車が通った訳ですが…、
不思議なことが起こるようになりました。
夜、最終列車がトンネルに入ると、なんとなく車輪が滑るような感じで、自然にトンネルの真ん中で止まっちゃうんですね。
「あれ、おかしいな」と言うことで乗客は騒ぐ、運転手も首をかしげる。運転手が外に出て線路に手をやると、なんとなく「ヌルッ!」とする。そのうち「ポタッ」と首筋に冷たいものが落ちる。思わず手をやると、それも「ヌルッ!」。手を機関車の電灯にかざして見ると、赤黒い血。
ギョッっとした運転手の耳に、そして乗客の耳に、線路の下から「助けてくれ〜」の絞るようなうめき声。
最初は小さな声だったのが、次第に大きくなり、そのうちトンネル中に響く何十人の「助けてくれ〜」「石をどかしてくれ〜」「掘り出してくれ〜」の声、声、声。
こんなことが毎日続き、当然乗客も居なくなり、運転手も乗るのを嫌がるようになりました。
蒲原鉄道の会社も「これは囚人たちの霊を慰めるしかない」、と言うことになり、掘り起こしたり、拾い集めた遺体や骨をまとめて、線路の脇に作った墓場に入れてお祓いをしました。
これ以降、そう言ったトラブルは無くなったそうです。
これが「朝鮮人の墓場」です。
K高校が全寮制だった頃の話です。
今は教室として使われている第三校舎が、寮として使われていた時のことです。
大勢の寮生の中には変わった人もいます。
中に一人、痩せて青白く、殆ど他人付き合いもしない男がいました。
最初は誰も特に気にしていなかったのですが、そのうち、どうもこの男が夜中になると、部屋から居なくなることに気づき始めました。最初はトイレか何かだろう、と思っていたのだが、決まって同じ時間だし、トイレにしては居なくなる時間も長すぎるし………。
本人に聞けば簡単じゃ無いか、ってことかも知れないが、こういうことは何と無く聞きにくい。
そこでいつか寮生の間で「あいつ、いったい何処へ、何しに行くか」突き止めてやろう、と言うことになって、柔道部や剣道部の猛者達が、日にちを決めて各部屋で待機していました。
夜もふけて行き、いつもの時間になると、案の定、例の男は掛け布団を上げ、一瞬部屋の雰囲気を伺ってから、音もなく起き上がり、部屋に掛かっていた柔道着の帯を3本ほどつかむと、そのまま部屋を出てゆきました。
廊下に出た男は、(部屋が2階だった為)2階の廊下の窓柱にその帯をくくり付け、3本繋いで外にたらすと、慣れたしぐさでその帯に伝って下に降りたのです。
眠ったふりをして見張っていた同部屋からの伝令で、待機していた男達は「それっ!!」とばかり、その男の後を気づかれないように追いかけました。
例の男は帯を伝って地面に降りると、真っ暗闇の中、山に続く石垣を登り 蒲鉄の線路に出ました。一瞬、左右を見て、そのまま迷う様子もなく、線路上を右側に歩いて行くのです。
そして………、
男は朝鮮人の墓場に降りて行き、又一度周りを見渡すのです。
でも、自分を追ってくる者がいた、など思ってもいないその男は、そのまま墓石を動かし、なんと中から骨を取り出しては、ボリボリかじり出したのです。
昔、人間の骨をかじると結核に効く、と言われたことが有りました。その男は実は結核だったのです。
真っ暗な中、骨のリンが光るのでしょう。心なし男の口の周りだけ、ボウっと青白く見えます。
聞こえるのは、骨をかじる「ボリボリ」と言う音だけ。
追いかけて来た男達はその光景を見て、もうガタガタ震えだし、思わず「ウッ」と言うような声を出してしまいました。
途端………、
男は、こちらに顔を向けたかと思うと、「み〜た〜な〜!!」
「うわー!!」とばかり、追いかけてきた男達は、暗闇の中、転げまわりながらもと来た線路上をかけ戻り、石垣を駆け下り、飛び降り、在る者は帯を伝って、在る者は階段を登って、兎も角も自分の部屋に戻り、布団を被って息を凝らしていました。
程なく………、
コツ、コツと、ゆっくりした足音が廊下から、次第に大きく聞こえてきて部屋の前で止まると、入り口の戸を開けて中に入り、一人一人、寝ている鼻の先に手をかざし、その寝息を測るのでした。
そして、寝息が乱れている者が居ると、「 み〜た〜な〜!!」と耳元にささやきながら、その首を絞めてゆきました。
翌朝、惨劇とともに、その男も寮から姿を消したことがわかり、探す、と言う程のこともなく、朝鮮人の墓場で松の木から、柔道着の帯でぶら下がっているその男が見つかりました。