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オルドワン−最古の石器とその担い手

2005年3月の時点で、発見されている最も古い石器は、約250万〜260万年の過去に遡ることができる。

1990年代までの成果としては、タンザニア・オルドヴァイ渓谷で発見された石器が、最も古いとされていた。およそ180万年前のものとされている。
しかしその後、同じ東アフリカの各地で、より古い年代の石器の発見が相次ぐ。
エチオピア南西部のオモ川流域、及びケニア・トゥルカナ湖周辺の石器の発見。これは約230万年前。
1996年暮れから'97年正月にかけて発見・報告された、ハダールでの石器、これは230万年前と測定。

1992年から'94年にかけて、同じくハダールに近いゴナという場所で多くの石器が発見される。慎重な年代測定の結果、260万〜250万年前と言う結果を得ている。
従って現時点で、これが最古の石器と言うことになる。

これら一連の石器群を基礎とする最古の文化を、「オルドヴァイ文化(オルドワン)」と呼ぶ。 もともと上記のように、最初オルドヴァイ渓谷で発見された石器群に付けられた名称だが、その後他の遺跡からも同じような石器が発見されるようになり、現在では「オルドヴァイ渓谷」からの発掘に限らず、総じてそのように呼んでいる。
オルドヴァイ文化はおよそ100万年続く。つまり、およそ260万・250万年前〜150万年前位まで続いたことになる。

■ オルドヴァイ型石器の製作技術

オルドヴァイ型石器は上記のように、現在発見されている中で、人類が作り出した最初の石器であり、この段階での石器の作り方は当然極めて単純である。
石と石を打ちつけて、割れ目の鋭い刃を利用する。この場合、母岩から剥離した切片は、今で言うナイフや包丁として、残った石核は今で言うハンマーや斧として使ったものと思われる。
このように単純とはいえ、その使用目的はおそらく多岐にわたり、製作者は一打ちごとに、打ち込む方向や力を考えながら作ったことであろう。

■ オルドヴァイ文化の担い手-1

オルドヴァイ文化の最初の担い手として、猿人(アウストラロ・ピテクス属)か、原人(ホモ属)か、と言う意見の違いは従来から有った。
しかし大勢の意見としては、最も初期の原人とされているホモ・ハビリスが、オルドヴァイ石器の創造者だとされていたようだ。それは例えば次のような理由による。

オルドヴァイ石器が、単純とはいえある程度高度な技術、作成に際しての認知力と手先の器用を必要としたであろうこと。
特に、拇指対向性(親指が他の4指と向き合う形になっており、ものを掴んだり挟んでつまむ等の能力が格段に向上)を本格的に身に付け始めたのが、ハビリスの段階からとされていて、それ以前の猿人の段階では、これら複雑な作業が難しかった、と思われていたこと。(ホモ・ハビリスとは「才能あるヒト」と言うような意味である)
又発見されるアウストラロ・ピテクスの化石と共に、石器が発見されることが無かった等など。

猿人(アウストラロ・ピテクス)の段階での文化と言えるものは今後とも、おそらく発見されないだろうとの主張が大勢だったようだ。
しかしこの従来の認識を大きく覆すことになるかも知れない発見が、近年なされた。

■ オルドヴァイ文化の担い手-2(アウストラロピテクス・ガルヒ)

1960年頃までに、南アフリカで色々な種類のアウストラロピテクスが発見されている。しかし当初その化石は石器と同時に出土されることは無く、アウストラロピテクスが道具を使っていたかどうか、疑問符が付いている状況だった。
ところが、1959年、東アフリカで、始めて石器と一緒にアウストラロピテクスが発見される。

1996〜98年にかけてエチオピア、ミドル・アワシュのブーリ村近くのハタ層で新しい人類化石が発見され、アウストラロピテクス・ガルヒと名づけられた(ガルヒとは「驚き」と言うような意味)。

ガルヒは、他の猿人と比べヒトの特徴を強く持っており、猿人と原人との橋渡し的な位置にあったと思われる。発見された地層から、およそ250万年前位、猿人の終末時期にあたる。
脳容量は約450ccとされ、猿人の範囲に入る(現世のチンパンジーは約300〜400cc、ラミダス、アファーレンシス等は約380〜450cc)。
つまり脳容量だけ見れば、いくらも違わないと言うことである。

重要なことは、 ガルヒ化石が発見された同じハタ層の別地点で、ホミニド四肢骨(頭骨が発見されていないので、ガルヒと特定できない)も見つかり、しかもそのすぐ傍で石器で付けられたと見られる痕跡を持つ動物の骨の化石が見つかったのである。
つまり、石器使用の最初の担い手は、ハビリスより古いガルヒと考えられることになり、同時に年代的にみて、オルドヴァイ文化の最初の担い手としての栄誉もまた、ガルヒに冠しても良いのではないか、と言うことになる。
(上記、ゴナの最古石器発見場所は、ここから北へ96`の所にある)

この辺のところは専門家の間でも見解が分かれているようで、最初の石器の製作者が、アウストラロピテクス(猿人)か、ホモハビリス(原人)か結論は出ていないようである。
しかし、どちらで有ったにしても基本的な事情は変らない。
つまりヒトは、まだチンパンジーなどと殆ど変わらない脳容量のときから、道具を使い、作ってきたのであって、脳が大きくなったから道具を作れるようになった、のでは無いということである。

「脳はその時に必要とされる容量より大きくなることはない」
ハーバード大学、人類学者 W・W・ハウエルズ


※上記ゴナの石器群が、現在発見されているものとしては最古であるとしても、当然それ以前に石器文化が無かったということにはならない。
発見されている石器群の前段階として、より単純な石器作成の時代が長く続いただろうと考えることは自然なことだ。しかし作成が単純になればなるほど、自然のままのものと区別するのが今となっては難しくなる。叩きつけて割った石と、自然の落石或いは洪水などで割れた石の区別は難しいだろう。
さらに道具の「作成」に先立って、自然のままの石をそのまま道具として使っていた時期が長く続いたことだろう。

現在、チンパンジーなどの観察から、野生の類人猿でも簡単な道具を使うことが知られている。それだけでなく道具を作るケース(例えば、アリ塚のアリを釣るのに、単に木の枝をそのまま使うのでなく、枝を払ったり、先を噛んで砕き、釣り上げ数を増やす等が観察されている)さえ知られている。
人類の祖先も、チンパンジーなどと枝分かれした相当初期の段階から、自然のままの石や木の棒を道具として使っていたと考えても不自然では無い。


「初めに-人間の本質?」で述べたように、関連のサイトなどで良く散見される「最初に脳増大があって、その知恵によって道具を作り始めた」と言う俗論は、観察される事実によって完全に否定される。


 

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