群れから社会へ

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最初のヒトを探して

最近新たな人骨化石の発見が相次いでいます。それによって従来定説だとされていた見解が、見直されたり大きく覆されたりしています。
化石や石器の発見に際し、日本の研究グループが大きな成果を挙げています。同じ日本人として嬉しい限りです。
ここではそう言った研究者達の、気の遠くなるような地道な研究成果を元に、今、人間はどこまでサルに近づけたか?を見て行くことにします。

ただここで私が述べたいことは、ヒトの歩みを忠実になぞることでは有りません。
ヒトは始めから頭が良かったので、道具やコトバを使えたのではなく、最初に道具を使い、作って行くことを通して人間になって行った」と言うことを、化石など客観的証拠で明らかにすることです。

■ ミッシングリンク

※ 「最初のヒト」?

「最古のヒト」の栄誉は、長い間、アウストラロピテクス が担って来ました。 発掘される化石の年代も分子生物学が示す年代(500万年前、前後)とほぼ一致しており、人類はおよそ480万年〜500万年前ほどに誕生したと言うのが定説とされていたようです。

※ サル以前

一方、ヒトと類人猿の共通の祖先とされるプロコンスルが、樹上生活の中で生まれたのが約1800万年前と推定されています。
そして 1982年、日本の石田英実(京都大学教授)によって、ケニアのサンブルで、950万年前とされる類人猿の化石(サンブルホミノイド)が発見され、 サンブルピテクス・キプタラミと命名されます。

※ ミッシングリンクが埋まって来た

ただその後、サンブルホミノイドから、最古の化石人類であるアウストラロピテクスまでの、ほぼ500万年の間の化石が見つかっておらず、従来その間が「ミッシングリンク(失われた鎖の環)」とされていました。
しかし最近、その環を埋めることになるであろうとされる貴重な発見が相次いでいます。
特に2000年発見のオロリン・ツゲネンシス(600万年前)、2001年発見の、サヘラントロプス・チャデンシス(愛称 トゥーマイ、600〜700万年前)は、それをヒトに分類するかどうかを含め、議論の的になっています。

トゥーマイは、発見年代の古さと共にその発見場所が、従来の定説とされていたイーストサイド(アフリカ大地溝帯の東側)でなく、中央アフリカのチャドで有ったことから、ヒト分岐の年代、或いは人類発祥の地域、メカニズム(サバンナ・モザイク説、アクア説)などの見直しも必要になっているようです。

■ 「最初のヒト」へ辿りつくまでのドラマ

※ アウストラロピテクスとは「南のサル」と言うような意味である。
最初の人類である「猿人」の、初期段階の化石が始めて発見されたとき、その特徴から、「ヒトに近いサル」とみて、サルを意味するラテン語の「ピテクス」と名づけた。

しかしその後の研究から、「サルには近いがヒトである」ことが分かった。
だが一旦決まった学名は、安易に変更してはいけないと言う決まりがあり、ヒトの仲間(ホモ)と分かった今でも、サルを意味する「ピテクス」の名前で呼ばれる。

■ アウストラロピテクス・アフリカヌス

最初に発見され、アウストラロピテクスと命名された

 

 

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