ホヤ・性の不思議

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性の起源・目的


前ページで、「性」の目的はなにか?と言う宿題を出し、「子孫を残す為」では無い、と言うことだけ言っておきました。

いま人間は(特別の仕掛けをすることなく)、性無しで子供を作ることは出来ません。だから何となく「性の目的は子孫を作る為」と思っている人も多いでしょう。私もそうでした。
しかし、性が始まった元々のきっかけは繁殖とは関係なかったんですね。


■ 有性の非効率

■ 性=繁殖説の反証例

最初に、「性の目的は繁殖」についての反証から。
これは、繁殖に「性」を使っていない生物など、地球上にはざらにいる、と言うことを 幾つか上げるだけで十分でしょう。

「雌雄同体」の場合でもそうですが、人間はどうしても自分を基準に考えてしまいます。
確かに、人間、豚、猫等にとって「性」抜きの繁殖は、人工授精など特別な仕掛け無しでは有り得ません。
しかし、少し広く回りを見ると、「性」等全く介在させず、子孫を残している(自分と 同じ様な物を複製する)生物はいくらでも居ます。

雪印事件で有名になった、黄色ブドウ球菌や、O-157等のバクテリア、或いはゾウリムシ、アメーバ等の原虫類は、細胞分裂でどんどん増えて行きます。
単細胞生物だけで無く、ヒトデなども、二つにちぎっておけば、それぞれ失った部分を 再生して二つの個体になるそうです。

バラの枝を、土に刺しておけば根が出て、増やすことが出来ます。
実際に、バラは挿し木や、接木で増やします。(今のバイオテクノロジーのことは 知りませんが)。

竹は通常、竹の子で増えます。これは無性です。
60年に一遍、花が咲いて実を落とすそうですが、この還暦毎の有性を除き、59年間はひたすら無性で 繁殖している訳です。
ジャガイモを土に埋めておけば、芽が出ます。これも無性です。ジャガイモにも花は咲きますが、栽培は通常「芋土埋め込み方式」です。

この様に、無性繁殖の例は、いくらでも上げられます。
このこと自体、「性」と「繁殖」が必ずしも一体のものでは無いことの証拠です。

それに、若し「繁殖」と言うことに着目したら、実は「性」はまことに邪魔なこと なのです。

■ オスを作るコスト

上記で性と繁殖が必ずしも関連無いことを、幾つかの例で述べました。
最後に「繁殖」に着目したら実は「性」は、邪魔なことだと書きました。

これも無性生殖の生物と比較すれば分かります。
無性の生物に、親は一匹しか必要有りません。有性生物には、オス、メスの二匹が 必要です。
この違いは、他のことでカバー出来ない本質的なことで、効率ということから言えば有性は、無性に絶対かなわない、と例の本は述べています。、
有性のこの非効率を「オスを作るコスト」と言うそうですが、オスの立場からするとなんか悲しい言葉です。

これ以外にも有性は、色々厄介なことが付きまといます。
先ず配偶相手を見つけなければなりません。
これが中々大変だと言うことは、自分や其の回りを見れば分かります。
昆虫や野生動物は、エネルギーの大半を配偶相手獲得に使っている様に見えます。

人間にしても、歌曲の半分以上(いや、大半)は、男女の問題、その哀歓ですし、 男の子が、何ごとか一生懸命になるとき、其の動機の多くは、女の子にもてたい為だ、と言っても間違いないでしょう。
配偶相手の獲得は、それだけ切実な問題でも有る訳です。

■利己的な遺伝子

それともう一つ。
イギリスの、リチャード・ドーキンスと言う人が、「利己的な遺伝子」と 言う本を書いて、センセーショナルを巻き起こしました。 既に随分昔のことですが、言葉だけは聞いたことの有る人もいるでしょう。
一言で要約すると………、
「遺伝子が一番大切なんだ。遺伝子にとって、自分のコピーを残すことが一番の目的で、その意味では、生物の「からだ」も遺伝子が乗り替える乗り物 に過ぎない。
遺伝子が、新車に乗り換えたら(子供の代になったら)古い車は 廃車になる。そうしないと食料資源などで子供と競合してしまう」。
…と言うような説です(物凄く大雑把ですけど)

この説からすると、「性」は真っ向から矛盾します。 だって、自分の遺伝子を、わざわざ半分にして、子供に伝えるのですから。
しかも、何か欠陥が有って、そのカバーの為に、相手の遺伝子の力を借りる と言うなら話も分かるのですが、子供を残すところ迄成長した、と言うこと自体が、そもそもその遺伝子の優秀性の証明になっている訳ですから。
本来なら「性」によって、わざわざ他個体と大事な遺伝子を分け合う必要は無い筈なのです。

こう言う非効率や、ハンディを補って、なおかつ、おつりが来る何らかの理由がなければ、性はこんなに発達しませんでした。
もともと大昔(性の出現は15億年ほど前だと言われている)には、性などなかったのですから。

■ 性の目的は「多様化」

ではそれほどまでに非効率で矛盾の有る性が、何故かくまでに発達したのか。その起源・目的は何なのか?、と言うことですが、実はこの問題はなかなか一筋縄では行かないらしく、専門家の間でも見解が異なっているようです。
しかし………、
最終的な「目的」について見解は異なっても、次の点だけは概ね意見の一致を見ているようです。それは「多様化の創造」です。それは実際、性の現場で行われている現象を見ればハッキリします。

「性」の現場でやられていることは、異なる個体の配偶子(人間で言えば卵子と精子)の混ぜ合わせです。
このことによって出来る子供は、常に親と何処か違う形質を持って生まれてきますし、代を重ねるごとにそれを繰り返して行きます。
無性生殖で増える生物種の場合、その子供は常にクローンであり、代を重ねても(突然変異などが入り込まない限り)事情は同じです。

つまり「性の目的は多様化」であると言う点で、生物学者の間で意見の一致が有ります。
では「生物は何故、多様化するのか?」と言う点について、様々な見解が有るし、今でも結論が出ている訳ではない。と言うことのようです。

………と言うことで、なかなか説得力の有る説の一例として「草の絡み合った土手説」を取り上げてみます。

※ バクテリアのSEX

「草の絡み合った土手説」の説明の前に、「性」の目的は「遺伝物質の混ぜ合わせによる多様化」だ。と言ったことに関連する、面白い現象について。

無性で繁殖する代表選手、バクテリアもSexをする、と言うのです。
まっ、Sexとは言わず、「接合」と言うのですが、2匹が寄り添い、細い糸の様なもので身体を繋ぎ、片方から片方へ、細胞の中身を注ぐのだそうです。それにより、貰った方は、それまでの自分とは少し違った自分になります。つまり「多様化」をしている訳です。

バクテリアは一生の間に、何回か接合を行い、身体の成分を変えているのですが、 これは「繁殖(増える)」とは全く関係有りません。繁殖どころか時々失敗して、相手に全部注ぎ込んでしまって死んでしまうことが有るそうです。
増えるときは、それぞれが勝手に「細胞分裂」で増えます。
これは勿論「無性」です。

バクテリアが死の危険を犯してでも、「混ぜ合わせによる多様化」をしなればならないと言うこと。
「多様化」とはそんなに大切なことなのか。

■草の絡み合った土手説、宝くじ説

性の起源が、「多様化の創造」である事に付いては、意見が一致しているが、では何故多様化か?、と言う点で意見が分かれている、と上で書きました。
それを説明する一つの仮説、「草の絡み合った土手説」と「宝くじ説」。
本当はこの二つの説は違うのですが、余り詳しく述べても仕方ないと思い、ここでは勝手に一つにまとめてしまいました。悪しからず。

日当たりが良く環境のの良い土手に、草がびっしりと生い茂っている、とする。
これ以上繁殖の余地が無く、増える為には新しい環境に果敢に挑戦しなければならない。
状況の予測がつかない、新しい環境で生き残るには、単一の遺伝パターンよりも、多様な遺伝パターンを持った子孫を残した方が、生き残る可能性が有る。多様なパターンの中から、どれか適応するものが有るだろう(「草の絡み合った土手説」)。
つまり新しい環境に適応すると言う必要から、性による多様化が発達した。と言う仮説です。

或いは、全く予測の付かない環境に散らばるという条件下で、多様性を持たせた方が、つまり色々な番号の宝くじを買っておいた方が、どれか当たるだろう、と言う仮説です(「宝くじ説」)。

この説の例として良く持ち出されるのが、イチゴやオリヅルランです。
オリヅルランは知らない人も有るでしょうから、イチゴで説明します。

イチゴは花を咲かせ、種を作ります。
イチゴの実の表面についている、ゴマみたいな物が種です。
この種を蒔けば、勿論芽が出て増やす事が出来ます。これは有性生殖です。

同時にイチゴは、根元からライナーと呼ばれるツルを伸ばし、その先に新しい株を 作ります。これは無性生殖です。

親株が育っている回りの環境は、概ねイチゴに取って育ちやすい環境だと言えます。だからこそ子供(イチゴの実と種子)を残すことが出来た訳です。
こう言う安定した予測の付きやすい環境では、無性により、親の遺伝情報をそのまま受け継ぐのが、効率的であり適応的だと考えられます。ここではライナーによる無性生殖が発達します。
しかし、それだけだと早晩「草が絡み合った」状況になり、繁殖の余地が無くなります。
そこで、新しい環境に挑戦する「種」には、有性による多様性を付与し、予測不能な 環境でも生き残る可能性に賭けた。
と、まあこう言う仮説で、「多様化」の必要性を説明するのに、非常に説得力の有る説だと思います。

■ 草の絡み合った土手説の矛盾

しかし、この「有性による多様化は、環境変化の激しさに適応する為に生まれた」とする仮説が正しいとすると、現実のフィールドで、次のことが予想されるはずです。
「海や、低地の様に環境変化の穏やかな場所よりも、河川や高地など環境変化の激しい所の方が、有性が発達するはずだ」と…。
しかし、実際の観測結果はその反対なんだそうです。

だからこの、一見説得力の有る仮説も、どうも全てを説明するだけの力は無い様です。


 

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