No-4 人間に見る遺伝子型と表現型

何処が同じで、どこが違うか?

遺伝子DNA塩基配列に見る、人間とチンパンジーなど類人猿との遺伝的近縁度と、それに反して人間だけの特殊性を検証してきました。
しかし実は、遺伝子型と表現型の相関関係は人間に於いても例外ではなく、他の生物・類人猿達と同じく正しく貫かれていると私は思っています。

ここでは最初に人間と他の類人猿達との、遺伝的近縁度を反映した表現型の共通性を確認するとともに、では両者の間で本当に違うのはどこなのか、それを検証して行きます。


身体の外見と構造に見る、類人猿との共通性

人間はヒトとして動物の一種であり、代謝、細胞分裂、繁殖、遺伝など生物としての連続を持ち、生物学的な法則に従っています。
しかしそれだけに留まらず、塩基配列に見る類人猿たちとの僅かな遺伝子型の差が、実はそのまま彼らとの表現型の共通性に繋がっていると私は考えます。それは身体の外見構造に於いてです。
この点でもヒトは、チンパンジーとそっくりなのです。生物学的なレベルで言えば、ヒトだけを切り離して他の類人猿達との「特殊性」を考える必要は有りません。

  • 人間とチンパンジーなど類人猿を外見で比較した時、一番の違いは体毛の有無でしょう。
    若し人間ににフサフサした体毛を付けてアフリカの森の中に離したら、見た目、チンパンジーやボノボとそれ程見分けが付かないのではないか。
  • 他のサル達に無い人間の特徴として、同じヒトと言う種の中での、肌の色や体型などの幅広いバリエーションが挙げられます。
    これは地球全域に拡散した人類の、環境の違いによる可塑性として充分に説明可能です。
    18世紀、オーストラリアに入植した白人も、もう2000年もすれば、アボリジニと同じく褐色の皮膚になるだろう、と言われています。
  • 体型にしても同じことで、例えば日本でも戦後の僅かな期間に、足の長さや姿勢が「激変」しました。
    「周防猿まわしの会」による、猿の直立姿勢の訓練映像を見たことが有りますが、驚いたことに訓練の結果、脊柱が人間と同じS字形に変形するのです。骨格までも短期間の訓練で適応・変化します。
    つまりヒトに見られる、外見上の様々なバリエーションは、遺伝子DNAの変異を持ち出すことなく、環境への適応と言うことで充分説明可能だと言うことです。0.07%と言う遺伝子的均質性と矛盾する訳では有りません。
  • 体毛の有無と併せ、見た目で大きく違うのは、人間だけの「直立二足歩行」でしょう。
    直立二足歩行は人間理解のコア概念です。別途章を設けて詳述するとして、ここでは指摘しておくに留めます。
  • その他、顔つきが違うと言うことが有りますが、これは知性の問題が有るでしょう。同じ人間でも痴呆や脳出血などでマヒが残ると表情が乏しくなります。人間と類人猿を区別する指標にはなり得ません。
  • 内臓器官は、構造、機能など殆ど共通です。

以上、人間と他の類人猿の身体的、外見的な違いは、その遺伝子的変異の範囲で充分説明が付きます。つまり遺伝子型と表現型の相関関係は、人間を例外とする必要無く貫かれていると言えます。これは人間がヒトとして生物の1種で有る限り、逆に当然のこととして認めるべきことだと考えます。

その点で私は、人間とサル達の違いを説明する時にだけ、調節遺伝子やコントロールリージョンなどの特別な要素を考えなければならないような、前ページ最後で触れたご都合主義に陥る必要無く、1.23%ならその範囲で、或いは0.07%ならその範囲で、人間も生物として例外なく、そのまま表現型を説明できるものと考えています。

人間は生物学的にはヒトとして、遺伝子DNAが示す通り、外見上も単なるサルの一種である。それ以上でもそれ以下でもない。と言って何ら問題は有りません。そこになんのミラクルもサプライズも必要ないのです。

 

類人猿との大きな違いは行動様式、特に群れと社会の違い

では、今西錦司をして「他の生物とまるで違いまっせ」と言わせ、我々の日常的な意識でも「まるで違う」人間とサル達の間に見られる巨大な差は、一体何に由来しているのか?

それは行動です。「行動様式」と定式化してもいい。


人間以外の動物の行動様式は、遺伝情報に依存している

動物の行動も一般的には遺伝子の制約を受けます。
遺伝子DNAの塩基配列(遺伝子型)と身体の形質(表現型)には正の相関関係が有り、同じ種で有れば身体の外見も構造も同じであり、行動はこの身体の造りに依存せざるを得ないからです。
空を飛ぶ為には、何らかの形で羽根或いは膜を発達させなければならず、その羽根や膜を見れば「この動物は空を飛ぶんだろうな」と予測がつくのは、身体のつくりと行動が切り離されることなく密着しているからです。そう言う意味で動物の場合、行動も又「表現型」の一部だと言えるかも知れません。
遺伝情報に密着している点で、彼らの行動は「本能」だ、との言い方がされます。(※ 註4 - 本能 )そこから大きく外れた行動をとる個体は通常観察されません。

動物にも幅広く「学習」が見られ、同じ種内でも個性が有ることを否定はしませんが、動物の身体の形を見ればおおよそその種の行動も推測が付くし、或る個体の観察結果は、その種全体を代表するものとして大きな間違いはないでしょう。
そう言う意味で動物の行動は、その種の遺伝情報に密着したものです。

人間の行動様式は遺伝子に依存しない

この点で人間は事情が全く異なります。
そのことを、次の「道具と言葉、社会」で見てゆきます。



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